サイタ趣味の習い事将棋教室東京 一道の将棋教室 スクールブログ 今日(9/18...

今日(9/18)同窓会の写真が送られてきました。

湯田中学(山口市)の同窓会(みんな62~63歳)の写真が送られてきました。
懐かしい人もいれば、記憶にない人もいます。
私は中学1年の夏休み前に松江三中から湯田中に転校になりました。いきなり、同学年の不良に絡まれて(私も174Cmで大きい方でしたが、彼は183Cm)、怖いめにあい、すぐ柔道部に入部することにしました。(先輩がかばってくれる?ので)
毎日、柔道をまじめに練習し疲れ果ててはいましたが、さすが中学生?で、土日は山口市内にある将棋道場に通いました。席主は松田4段で、私は3段挌だったので、勉強になりました。そこでは、囲碁も教えていました。(席料も払わず?どうもありがとうございます。)
中学の同窓生も、その当時は私が将棋を指すことをあまり知らなかったのではと思います。(まだまだ、弱く、いくらでも強くなれる時代でした。)

高校のある日、防府市市民大会の決勝で師匠でもある松田4段と対戦することになりました。普段の練習では、ほとんど負けないようになっていましたが、内心は「よく勝ち上がってきたなー」(不遜ですね?)が半分と負ける気はしないけど「やりにくいなー」が半分という感じでした。将棋は師匠が後手番筋違い角でした。(練習将棋では1回も指したことがなかったのに!)私が後手番で76歩、34歩、にいきなり22角成から、同銀、45角と打つ例のものです。私は、経験が少ないもので、大体、52金、34角に65角と打ち返して相筋違い角にする(これしか知らないといってもよいぐらい?)のを愛用していて、結果相居飛相筋違い角で、あいての思惑通り力戦になりました。結果、私が師匠に恩返しできたことになりました。

行くときは、父親がスクータ(ラビット)で送ってくれたのに、大会中は姿を見かけませんでしたが、いつの間にか現れて、一緒に帰りました。その時は、別に喜んでいるようにも見えませんでしたが、30年ぐらいたって、私が夏休みに帰郷したとき、酔ってその話を嬉しそうにしていたことを思い出します。

中一から高校三年までの6年間の思い出ですが、色んなことに挑戦し、みんなが支援してくれて、人生の中で一番といってよいぐらいの楽しい時代でした。

 

(2014年9月18日(木) 8:30)

前の記事

次の記事

新着記事

将棋ソフトを使ったトレーニング 2枚落ちから互先まで同じ戦法で戦います。 今多用しているのが5筋位取りです。 5筋位取りはある意味では必勝法とも言えます。 昔は「天王山」とも言われていましたが、速度重視の現在では軽視する風潮があります。(中飛車は別) そこにメスを入れて見ました。 ...

「小学生(低学年)に将棋を教える」ことに関して。 羽生名人の著書にありますが、羽生名人であっても町道場に入門して、13級から30連敗してやっと勝ったとあります。確かに、駒の動かし方もおぼつかないレベルから小学生名人(アマ4段格?)になるまでの遠い道のりをどのようにして強くなるのかは非常に興味...

ひょんなことから、ゴキゲン中飛車を試すことになり、まずは、つの銀型の戦型を試しています。まずは、激指4レベルです。 先手中飛車で、ゴキゲン風に構えます。 56歩、84歩、76歩、85歩、77角、54歩の出だしです。 居飛車側は、55歩止めを拒否した形です。 58飛車、62銀、68銀、3...

前回、けっきょくソフト指しの疑惑は「通信記録を開示できなければ」限りなく「黒」ですし、開示すれば、限りなく「白」です。 と記載して、終わりにしていますが、もう少し丁寧に説明をしてみたいと思います。 ① 携帯(スマホ)とパソコンのスペック差について。  スマホとパソコンではハード的...

「ソフト指しの疑惑について」 ソフトを利用してコーチングしている私にとって、非常に身近な事だと思いました。 私も、yahooで良く指していたときは、弱いくせに「ソフト指し」の疑いをよくかけられていました。 レーティング2100(四段)前後だったのですが初級から始めるため、70連勝して...

ブログ記事 ページ先頭へ