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居飛車穴熊への想い(居飛車穴熊には大山流でその二)

「私自身が居飛車穴熊を指したのは、昭和40年代(中・高校)でした。将棋世界の雑誌で升田9段が居飛車穴熊を指した棋譜を見てからでした。その形は、78金、67金型だと記憶しています。」
と前回書きましたが、この棋譜を調べてみると昭和43年の大山名人との名人戦なんですね。先手番の升田9段が左穴熊(当時の呼び名)で、後手の大山名人が4間飛車、藤井システムみたいに、54銀から、95歩と端の位を取っています。結果は升田9段にポカが出て、大山名人が勝っていますね。
(※その前の左穴熊が公式に残っている棋譜だと、昭和22年だそうです。居飛車の矢倉から、左穴熊に原田8段が囲ったそうです。)
さすが、大山、升田という時代を超越した両名人ですね。
この時は升田9段が負けたこともあり、何か変則戦法と評価され、左穴熊の流行にはいたっていません。
私は、それを真似て指して居た訳ですが、さすがに、78金、67金形の構想はなく、右穴熊(?)と同様に組んでいました。振り飛車側がのんびりしていると、ビッグフォーにもしていましたね。
ほとんどが、相振り飛車を避けて(あまり得意ではなかった)対抗形になるわけですが、当時流行していた、5筋位取りや棒銀などの速攻は振り飛車党には無理な話で、左穴熊か左美濃で戦っていましたね。
福岡大学の先輩である児玉さんがプロになってから、新人王戦の決勝で相穴熊、それも振り飛車側(純居飛車党のはずなのに)を持って指している棋譜をみてビックリした記憶もあります。

居飛車穴熊への想い(居飛車穴熊には大山流でその二)居飛車穴熊への想い(居飛車穴熊には大山流でその二)居飛車穴熊への想い(居飛車穴熊には大山流でその二)

(2014年7月16日(水) 6:12)

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山田一道 (将棋)

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