サイタ趣味の習い事言葉/文章講座小説愛知 小説指南 スクールブログ 厚みのある文章

厚みのある文章

 今回も拙著「不死の宴・第一部・終戦編」の一部を引用して、作家が文章を書くときに考えていることを解説する。

 まず最初に初稿の段階の文章をお読みいただきたい。舞台は昭和十八年の九月だ。

以下
 上諏訪町の駅に列車が到着したのは午後一時を過ぎた頃だった。朝八時に新宿を出てから四時間以上も列車を乗り継いできた。
 如月一心は列車が止まるのを待ちかねたようにプラットホームへ降りると大きくのびをした。長時間の列車旅で体の節々が強ばっている。背骨がぽきぽきと音を立てた。
 見上げると、九月の空は青く、空気は乾燥していて爽やかだった。
 長いプラットホームの半分は木造の駅舎から延びる屋根で覆われている。その屋根の下に入ると、夏でも涼しさを感じた。東京の残暑が嘘のようだ。信州は早くも秋の気配を漂わせていた。
 駅舎を出ると、上諏訪駅前の広場は車寄せのロータリーになっていた。

以上

 こう書き終えて私は何とも物足りない感じがした。単なる説明に過ぎないのだ。そこで、上諏訪駅の描写をしようと考えた。戦前からの信州の温泉リゾート地の表玄関である上諏訪駅。ところがインターネットで調べても、その駅舎の写真や文章がなかなか見あたらない。純粋に作者の想像で描いてもまずくはないのだが、まだ当時の駅舎を知っている人も少なくない。現実との違いで、「嘘を書いている」と思われるのもしゃくだ。そこで以下の文章を追加した。

 上諏訪町の駅に列車が到着したのは午後一時を過ぎた頃だった。朝八時に新宿を出てから四時間以上も列車を乗り継いできた。
 如月一心は列車が止まるのを待ちかねたようにプラットホームへ降りると大きくのびをした。長時間の列車旅で体の節々が強ばっている。背骨がぽきぽきと音を立てた。
 見上げると、九月の空は青く、空気は乾燥していて爽やかだった。
 長いプラットホームの半分は木造の駅舎から延びる屋根で覆われている。その屋根の下に入ると、夏でも涼しさを感じた。東京の残暑が嘘のようだ。信州は早くも秋の気配を漂わせていた。
 (以下追加)改札口は女性職員だった。戦地へ出征した男性職員の穴を埋めるため、全国的にバスも鉄道も女性職員が増えていた。
 この戦争を機会に、女性参政権とか社会参加が進むんだろうなあと如月は思った。戦地から戻ってこない男たちも少なくないからだった。
 昼食時間直後のせいか待合室は閑散としていた。国民服姿の男ともんぺ姿の婦人が数人、ベンチに座って列車を待っているだけだ。
 木と漆喰の駅舎の壁には、温泉や旅館の広告に混じり、ここにも「撃ちてし止まむ」の標語が散見された。民間の広告が軍の標語を掲げるのである。聖戦遂行に協力していますというわけだ。「撃ちてし止まむ、上諏訪貯蓄銀行」といった具合。「撃ちてし止まむ」の字が不自然に大きいのは、商品広告より標語の方が大きくないと、軍から標語の使用許可が下りないからだ、と勤務先の広告担当が言っていたことを思い出した。
 駅舎の壁には、その如月の勤務先・理研の広告もあった。「理研ビタミン球」の「健康布陣、国土防衛に体当たり」という広告だ。防空訓練の婦人たちの絵が描かれている。「布陣」と「婦人」の語呂合わせのようで、日米開戦当初の「健康家庭は日本の底力」から、戦時色がさら強まってきていて戦局が厳しさを増していることを感じさせた。他社のポスターや広告の紙面に踊る言葉も「決戦だ」とか「銃後も戦場」など絶叫型になっている。五月にアッツ島の玉砕が報じられていて、前後して学徒動員も始まっていた。国民服が奨励され、帽子も戦闘帽や国民帽が奨励されていた。
 陸軍省のポスターも掲示されていて、そのデザインは、幾何学的なタイポを使ったロシア構成主義風だ。戦争宣伝のスタイルだけは「共産主義国」と同じなんだなと皮肉な思いに捕らわれて、如月は小さく頬をゆがめて笑った。(以上追加)
 駅舎を出ると、上諏訪駅前の広場は車寄せのロータリーになっていた。

 追加部分は、駅舎の具体的な描写ではなく、戦時色が強まった情景と、開戦からのポスターの変遷に思いを馳せた如月の心象を描写している。これにより、如月がホームに着いてから駅舎を出てロータリーに出るまでの時間の経過も読者に「間(ま)」として体験させているのだ。
 作家にとっての苦し紛れの文章だが、時間の経過と同時に「時代背景」と如月の勤務先など「人物の背景」も語っている。
 小説の文章は、複数の情報を読者に「同時に感じさせる」ほど密度の濃いものになる。
 ライトノベルを書いている入門者の方は、これを意識するだけで作品が厚みを帯びる。お試しいただきたい。

厚みのある文章

(2018年1月8日(月) 20:56)

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