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会話の魔術

 常々、小説は「話芸」であると言っているが、そう思ったきっかけは、苦情電話処理の仕事をするようになってからである。
 私は作家としての知名度はほぼ皆無。長年のブログの読者ぐらいしか買ってくれないので、小説だけの収入では当然生活できない。そこで三年前から、私はメーカーのコールセンターで苦情電話の初期受信業務に就いていたのである。この三年間がじつに小説修行にもなっている。今回は、そんな話である。
 苦情電話の初期対応はマニュアルがあるので迷う事はないし、どの相談員が出ても同じ回答になるのだが、不思議なことに相談員の巧い下手で、相手の反応には差がでるのである。

 例を挙げてみよう。

 商品の品質に関する問い合わせや苦情は、当然メーカーで受けねばならない。だが、販売会社で製品を売った際の接客やマナーなどの対応の苦情となるとこれはメーカーとしては関与のしようがない。最大限できることは「こういうご指摘があった」とお伝えする程度である。

 この応対だが、同じ内容を伝えながら正反対の結果になる事がある。

一、炎上パターン

 「先日、御社の製品を買ったのだが、そのときの販売店の対応に大変立腹した」
 「お客様、接客に関することですと、販売会社と私どもメーカーは別会社ですから、指示命令や指導もできずお話お伝えすることぐらいしかできません。それでもよければお聞かせください」
 「そんな対応しかできないのか、おまえじゃ話にならない上司に代われ、客にとっては●●販売もメーカーの●●も同じだろうが」

二、感謝されるパターン

 「先日、御社の製品を買ったのだが、そのときの販売店の対応に大変立腹した」
 「それはご不審の念を抱かせましたね。詳しくお聞かせください」
 「(詳しい内容)」
 「そうだったのですか、販売会社のこととはいえご不審な思いをさせました。お話伺って判りましたが、これは販売会社さんとお客様との間のお話で、私どもメーカーが立ち入れる問題ではありません。残念ながら関与ができません。
 ただ、せっかくお話お聞きしましたので、このご指摘、私どもからも●●販売株式会社にお伝えいたします。ただ、お伝えするだけで、指示命令や指導はできませんので、その点はご理解ください」
 「ええ?●●さんと●●販売さんって違う会社なの?」
 「そうなんです、もうしわけない。でもご指摘お伝えすることはできますから、させてください」
 「まあ、関係ないことなのにお手数かけてありがとう」

 どうだろうか。両パターンとも、伝えている内容は全く同じなのに反応は正反対である。詳細を見ていこう。

 炎上パターンでは「お伝えすることしかできません」と言っている。感謝される方は、「お伝えすることならできます」だ。この「できません」と「できます」の違いが全体のトーンを消極的で逃げ腰か積極的で前向きかのイメージの違いになっている。

 炎上パターンでは、客の話の詳細まで聞かずに「できません」。感謝パターンでは、じっくり聞き込んだ上で判断している。
 さらに、いきなり「伝えることしかできませんが、よければ話して」と、「関与はできません、ただ、お話聞いたので伝えさせてください」の違いだ。
 感謝パターンが、まず「できない」と地獄に突き落としてから「伝えさせて」と蜘蛛の糸を垂らすのに対して、炎上パターンは「伝えることしかできない」といきなり蜘蛛の糸を見せるのである。同じ「蜘蛛の糸」でもありがたみが正反対だ。

 また、販売会社とメーカーが別会社であるという事も、炎上パターンの方は、早々に冒頭で「説明」しているのに対し、感謝パターンは客が「気づく」ように誘導している。説明で理解することは人によっては論破されたことと同義である。気づきであれば人は反発せずに受け入れる。これもテクニックである。さらに「別会社」ということは責任回避というネガティブな印象を与えてしまう。

 これがクレーム電話対応も「話芸である」という所以である。叙述の順番で印象が変わる。これが小説などのストーリーづくりと大変似ているのである。
 相手にどんな印象を与えるかを考えながら組み立てるところも小説と同じだ。

 

(2016年3月15日(火) 20:55)

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