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依代(よりしろ)について

 依代(よりしろ)とは、巫女や祈祷師などのように神や死者など目に見えぬモノの言葉を語る存在や人を指す言葉である。民俗学的に表現すれば、目に見えぬ神を可視化する装置ということになる。
 以前、このブログでも作品の中のシンボルという話をしたが、同様に、小説や映画などの物語では、明確な言葉にしづらい「気持ち」などをわかりやすく表出するために、「依代(よりしろ)」のような設定を利用する。
 文学理論上では別の呼び方があるかもしれないが、ここでは「依代(よりしろ)」としておく。
 そのわかりやすい例が、原作・田辺聖子さんの映画「ジョゼと虎と魚たち」だ。

 以下、かつて自分のブログで書いた記事の引用(2005/3/12)

 大学生の恒夫は、乳母車に乗って祖母と散歩するのが日課の自称・ジョゼこと、くみ子と知り合う。くみ子は足が悪いというハンディキャップを背負っていたが、自分の世界を持つユーモラスで知的な女の子だった。そんな彼女に恒夫はどんどん引かれていき、くみ子も心を許すが、ふたりの関係は永遠ではなかった。
障害者映画というレッテルに騙されてはいけない。これは純然たる恋愛映画だ。それもすばらしく上質の。
 特に感動したのは、ジョゼと恒夫がお互いの気持ちを知るシーン。
 ジョゼは恒夫にどんどん惹かれていくのを恐れてもいる。なぜなら恒夫には健常者のしかも、とびきり美人のガールフレンドがいることがわかったから。
 もう自分の世話を焼きに来ないで、と恒夫に「帰れ」というジョゼ。恒夫もジョゼに惹かれている。がっかりして帰ろうとする恒夫に、
「帰るのか?」
 黙って背中を向けている恒夫。でもその言葉に、動きは止めている。
 ジョゼは恒夫ににじり寄ると、そのちいさな拳で背中を叩きながら、
「帰れ。帰れといわれて帰っちゃう奴は帰れ」と泣く。
 そして「ここにいて・・・、ずっといて」とつぶやく。
 思い出しただけで涙が出る。池脇演じるジョゼのいじらしく可愛らしいことよ。
 二人は一年間同棲する。
 やがて二人は別れる。恒夫のモノローグは「僕が逃げた」と言っているが、それは違う。そして違うことを恒夫も気づいてはいる。
 ジョゼは、恒夫に対する甘えと依存の気持ちが自分自身をスポイルしていることに気づいていたのだ。それは初めての旅行に出かける前の幼なじみとの会話で示唆される。そして、旅行で泊まった「お魚の館」でのジョゼのモノローグ。
 ラストシーン、一人で生きていくジョゼの姿がそれを物語る。そのためには恒夫との恋は終わるべくして終わらなければならなかったのである。二人の思いは決して醒めてなどいないのである。それは、恒夫の号泣であきらかだ。
「分かれても友達のようになれる恋人もいる。でもジョゼにはもう会えない」
 それは恒夫が今もまだジョゼを深く愛しているからなのだ。

 この映画の切なさは、障害者云々を超えた「普遍性」を獲得している。

 ジョゼは、自分の幸せに対比して、恒夫が今後も同様に幸せであるか自信が無かったのではないかと思った。
 本来、恋とはお互いが同様に幸せであるが、そのバランスが崩れたと思った時から別れが始まる。これは障害のあるなしに関係ない。ただ、ジョゼは自分の障害故に、それに自信が持てなかったのだろう。
 二人の最初で最後の旅行は、別れを覚悟したジョゼが、最後に思い切り恒夫に甘えたかった旅なのだ。そう気づくと、そのいじらしさに、俺は再び涙ぐんでしまう。
 確かに障害は壁であった。ただそれは二人を隔てる壁ではなく、ジョゼの心の中の超えられない壁だったのだ。
 だが、俺たち観客は、それが違うことを知っている。恒夫の涙を見ているから。あの涙で、ジョゼが同様に恒夫を幸せにしていたことを知っているのだ。
 ラスト、一人で生きていくジョゼの姿に、彼女が必ずやその心の壁を超えるときがくることを信じている制作者たちの想いが伝わってくる。不器用な二人の切ない恋の終わり。にも関わらず、不思議なさわやかさがあるのは、そのためだ。

 以上引用。

 おわかりいただけただろうか。障害を持ったジョゼは、作者にとっては「障害者」ではなく「自分にまだ自信を持てない若者」の気持ちを語る「依代」なのである。
 同じように、エンターテイメントであれば、設定したキャラクターに「依代」の役を振るという逆のアプローチをする。
 「ならず者」や「テロリスト」は、「現状に満足できない焦燥感を抱えた若者」の気持ちの「依代」としたり、「軍人」や「刑事」などのキャラクターには「義務感に押しつぶされそうなまじめな人」の気持ちの「依代」とするなどだ。
 作家とは、キャラクターの人物造形の際に、このようなことを無意識に考えているのだ。

 

(2015年12月20日(日) 11:59)

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