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ハードボイルドというスタイル

 以前もこのブログで触れたが、昔書いたハードボイルドミステリーをリメイクしている。
 小さな広告会社の新人営業マンだった26歳の頃に、背伸びして書いた作品を全面的に書き直しているわけだ。
 当時は、矢作俊彦氏や大沢在昌氏といった、その後の日本のハードボイルドに新風を吹き込む作家が次々に登場した直後である。また70年代後半から、マンガの世界でも、谷口ジロー、平野仁といった私の大好きな作家がハードボイルド作品を発表していて、大学時代にマンガを描いていた私は、もともと「事件屋稼業」みたいな作品が「描き」たかったのである。
 小説を書き始めるきっかけは、「描き」たかった作品を「書く」ことにしたわけで、それが大学四年の卒業直前のことだ。
 だから私は、高校のころから小説を書きはじめましたというような文学青年ではなかった。人間の内面を見つめたり、社会問題に心を痛めるタイプではなく、「面白い物語」を希求するエンタメ系だった。

 当時、広告会社に就職して3年目。軽佻浮薄な業界の水が私に合っていたせいか、リアルの日常が楽しすぎて3年ほど小説を書いていなかった。
 小さな広告会社で、地元スポーツ新聞の求人広告なども扱っていたため、普通の日刊紙には載せられない求人広告や営業広告も取材することがあり、いろいろ面白い体験をした。その中で、フィリピンから日本に出稼ぎに来る女性「芸能人」(当時はじゃぱゆきさんと呼ばれていた)をプロモートするプロダクションの求人広告を扱う機会があり、その裏側をのぞくことができた。芸能人と言ってもシンガーやダンサーで、そのプロモート先も地方の温泉旅館やキャバレーなど。ちょうど、海外からの出稼ぎが始まってすぐの時代で、フィリピンがまだマルコス大統領の独裁時代である。かなりダークな部分も見ることができて、私は、これを元に小説を書こうと思ったのだ。
 この時期の体験には、実は、もっと危ないケースもある。部下の広告掲載トラブルで、暴力団関係者からの強請りを撃退する、未払いの広告費を回収するためにサラ金並の手法を駆使(貸金業法の改正で禁止された、大声、張り紙、夜討ち朝駆け、張り込み、監視など、すべてやったことがある)するなど、これはこれで、作品化してみたい。

 閑話休題。
 ハードボイルドというスタイルは、極力、客観的に語る。感情を交えずに事実だけを描写していく。本来は、主人公の喜怒哀楽や、論評などは語らないものだが、実は、その語り方・描写の仕方でイメージを作ることはできる。
 例を上げると、私の好きな作品・生島治郎氏のデビュー作「傷跡の街」だ。この作品の冒頭は、次のような風景描写で始まる。

以下引用

 河は濁っていた。いつも濁っているのだ。

以上引用

 これだけで、これから語られる物語が、ほろ苦いものであることが予感できるではないか。そして、語り手である主人公の皮肉で醒めた目線すら感じられる。
 描写する風景を、「行き交う人々」でも、「きらびやかなネオン」でもなく、「濁った河」をチョイスする段階で、物語のイメージが決まるのだ。

 こういう手法は、一種の印象操作だが、実は日常的に目にするものでもある。
 反対意見が、100人のうち15人だった場合、「賛成多数で可決された」と報じる新聞もあれば、「可決はされたが、反対意見も少なくなかった」と報じる新聞もある。同じ現象を語りながら印象は正反対になる。

 若い頃の作品を書き直しながら、こういった技巧を意識して作品を書くのが楽しかった26歳の頃を思い出している。

 

(2014年10月26日(日) 11:37)

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