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ハッピーエンドとカタルシスについて考えたこと

2005年に自分のBLOGに書いた記事を転載。小説創作に関することなので。
以下、本文。

ハッピーエンドとは、物語などが、幸せな結末を迎えることである。
カタルシスとは、物語などを読み終えた後に感じる、一種の爽快感である。
物語世界への感情移入が行われることで、日常生活の中で抑圧されていた感情が解放され、快感がもたらされること。
特に悲劇のもたらす効果としてアリストテレスが説いた。浄化。

つまり、ハッピーエンドはカタルシスにつながりやすいが、必ずしもカタルシスはハッピーエンドではないということである。というようなことをはじめて考えたのは今を去ること30年ほど以前のこと。

当時、社会人として営業職について、一日中、得意先を回り、販路拡大のために飛び込み営業をしていた頃のことである。
ちょうど笹沢佐保の「木枯らし紋次郎」シリーズが、春陽堂から文庫で出始め、夢中で読んでいた時である。
さらに遡る事10年ぐらい前が、テレビドラマ化もされた同シリーズのブームなのであるが、それを辿るようにして活字作品として読んだのである。

物語は掛け値なしに面白い。しかし、救いがない。紋次郎はいつも巻き込まれる形で争いの渦中に立ち剣を振るう。そしておおむね誰からも感謝されず、自ら身を引いて旅に戻る。
この救いのない物語がなぜ、こんなにも読者にカタルシスを与えるのだろうかと考えた。

そして、これはストーリーのカタルシスではなく、物語を貫く美学のカタルシスであろうと気づいた。
紋次郎は、「寡黙」で「泣き言を言わない」し「孤独を恐れず、我慢強い」、たとえそれが虚無感からくるものであろうとしても、それは日本人の美意識にとって「美しい」態度なのである。
そして、当時の主たる読者であるサラリーマンのお父さんたちは、紋次郎の後姿に、自分たち企業戦士と同じものを感じたのではないか。
家族からすら亭主元気で留守がいい、と言われる父さんたちは、紋次郎に自分を重ねて、ひっそりと自分に対して胸を張っていたのである。

これもまた、物語のカタルシスといってよいのであろう。

 

(2014年8月14日(木) 13:25)

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