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私の故郷ーー上海その②ーー町の歴史

前回は上海という町の気質について紹介しました。
たくさんの方々に読んでいただき、ありがとうございます\(^o^)/

今回はその開放的、開明的な気質を作り出した、上海の近代歴史について触れたいと思います。

上海の近代歴史を語る上で、避けては通れないのは、「租界」です。
租界とは、外国人がその居留地区の警察・行政権を掌握した地域のこと。言わば半植民地というところでしょう。大本は1845年、英国が上海に設けたもので、その後一時8か国27か所に及んだが、第二次大戦中にすべて返還された。
租界は、長い歴史の中では一瞬にすぎないが、中国、上海の近代史を象徴するような存在でした。単純に言えば、外国人が自由に文化、芸術、建築などを主張できる地域でもあります。
そして租界が上海において特別なところはその多様性でしょう。
上海の租界は主にフランス租界と共同租界に分かれていて、後者には実に様々な国が入っています。添付した図の一枚目はその旗で、計11ヶ国の国旗が入っています。さらにユダヤ人も数多く共同租界に住んでいました。
今でも多くのユダヤ人は上海を第二の故郷だと思ってくれています。戦争の時代に、門戸を開けて大量のユダヤ人を受け入れた町は上海以外なかったからです。そして、
上海も、こうやって様々な文化を受け入れ、今の国際都市の基礎を築いたでしょう。

もちろん文化が繁栄しただけではありません。「租界」には、魑魅魍魎のような各国の諜報員も暗躍しています。そのおかげで、上海は「魔都」という異名をもらったくらいです。
2010年のアメリカ・中国合作の映画で、『シャンハイ』というのがありました。1941の上海を舞台に、戦争に翻弄された日米の諜報員の運命を実に大きなスケールで描きました。チョウ・ユンファも渡辺謙も出ていて、オススメです(^O^)/

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(2014年4月5日(土) 3:01)

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この記事を書いたコーチ

東大大学院に留学。国際認定の教師資格を持つ先生がビジネス会話もカバー

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趙聖也 (中国語)

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