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私の故郷合肥ーその3(李鴻章の故居)

すっかりご無沙汰ております、4月に生活環境が変わり、忙しくなったため、ブログの更新がかなり遅くなりました。今回も前回に引き続き李鴻章の故居について紹介したいと思います。
【李鴻章故居】は、敷地2,500?、建築面積1,900?、中庭が5つある19世紀末の建築であり、現在の規模は、当初の規模の12分の1に過ぎないようだ。大門を入ると、黒地の上に朱色で“福“と書いた屏風がある。屋敷内は、主人と面会する客を迎える中庁(福寿堂)などを中心とした前院と、前院とは隔絶され、家族の生活の場となっている背後の后宅とに別れている。后宅の小姐楼の2階には、とても華やかな家具などが置かれており、当時は、老夫人の部屋や、著名な作家である【張愛玲】の祖母である、李鴻章の末娘菊藕の部屋などがあった。
1901年、北京の賢良寺で亡くなったので、【李鴻章享堂】と墓地が、故郷の合肥市合裕路の南側に、1902年建てられ、翌年北京から故郷に迎えられ、ここに葬られたのである。その後2003年に修復された。現在では、西には墓地、中央は享堂、そして東は倉庫の3つに分かれている。また享堂は、門庁、前堂,寝室の3つ分かれているが、人は、本当は死んでいないという考えであるから、生きているときと同じように建てられている。享堂の前堂に血の付いた黄色の馬褂(旧時代の男性用の中国服の短い上着)が置いてある。下関で暴漢に襲われた時に来ていた馬褂である。これも歴史を忘れないという事かもしれない。
  この事件に関してもうひとつ話があるのだ。中国人で最初にX線を利用したのは李鴻章だという話である。実は下関事件後、ロシヤに行き、そこからヨーロッパに向かっているが、日本で襲われた傷口を、ドイツで、レントゲンをあて、体に残っている弾丸を見ているのである。
李鴻章は、フランスに,ベトナムの支配を譲歩し、日本には台湾などを譲り、ロシヤには満州の利権などを許したため、中国では、売国奴とまで言われ、そのために左遷されたこともあるのだが、外国では比較的評判が良いのである。アメリカでは、文人としては、卓越した才能を持ち、政治家、外交官、そして軍人としても、この多難時代、孤軍奮闘して国のために尽くした、この地球上での最長老だと褒めている。日本でも、卓越した眼力と、敏捷な手腕の持ち主であると評価している。交渉相手の伊藤博文は、自叙伝の中で、李鴻章を東洋のビスマルクだと褒めている。
みなさんいかがでしたか?李鴻章について理解が深まりましたでしょうか?
次回は、合肥の食べ物について紹介したいと思います。
楽しみにしててください~~♪

私の故郷合肥ーその3(李鴻章の故居)

(2012年9月12日(水) 11:40)

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この記事を書いたコーチ

日本滞在10年以上、中国語日本語ネイティブ!旅行や料理でも盛り上がる

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八木千恵 (中国語)

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