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語学の習い事中国語教室東京 李君の中国語レッスン スクールブログ 約一年半前のエ...

約一年半前のエッセイ(上)です

 以下の文章は、約一年半前、東京へ始めて来たごろのエッセイです、あれ以来、今までまた二年くらい経ちました、歳月は僕たちを待たないですね。あの時の自分の文章をもう一度読んだら、懐かしくなる一方で、この間の生活、何がもらった、そして、何を失ったか、考えたくなりました
  
  通路人
信号が青くなるとともに、人々は次々と足を踏み出していた。瞬く、道に通路人が満ちていて、びっしりと込んでいた。
やはり何度見ても、壮観だと思うよね。
渋谷109の階段に座り、僕は下の人の群れを見ている。
今日も元気そうだね、さて、おはよう、東京。

二ヶ月前


僕は李といい、21歳。適切にいえば、21歳になったばかりのところだ。
誕生日は先月だ。自然に、静かに過ぎだ。真夜中12時になり、頭をもたげて、掛け時計を見て、「おめでとう」と自分にそっと言っていた。
こんな時間、みんなは夢の世界にふけっているんだろう。それじゃ、いい夢を。
でも僕は寝ない。言いかえると、寝てはいけないということだ。なぜかと、お客様が入ったら、「いらっしゃいませ」と言わないと大変じゃない?
週末になれば、この深夜の仕事をやっている。理由なんては簡単、時給が高いからだ。
これは当然だろう、深夜の仕事はもし昼間の仕事と時給が同じなら、誰もやってくれないだろう。
客がいなくて、退屈だなあ、このままじゃ眠くなるしかない。まあいいや、もうちょっと元気を出そう、そうしないと東京へ着けば初めての月の家賃はどうする?
そうだ、あと二ヶ月、東京へ進学しに行く。二年前の目標、ともかく叶えられたというものかなあ。
今思い出すと、日本へ来てからの二年間、本当にいろいろなことが起こった。笑い、涙、喜び、悩み、水のように流れてしまった。静岡、この静かできれいな町、そろそろ「さよなら」と言うんだ。
「ねえ、お前、なんて東京へ行かなければならないの?この静岡にいるのはなんか良くない?」何日前、林は僕に聞いた。
「わかんない」
「あ?」
「わからないよ、この質問は君だけ聞いたじゃない、いつもわからないって答えたんだよ」
確かに、多くの人たちは僕がなぜ東京へ行くのに興味があった。そして「なぜ」と聞かれた時、実に本当に答えられない。必ずひとつ答えを選ばせられた場合、仕方なく理由をこじつけるしかない。人の一生、元の位置に留まろうとするか、それとも留まらなければ、力を持っているうちに、あちこちに歩いてみたい、これだけだ。
だから僕にとって、たぶん東京も終点ではない、その後、とことかへ行くはずだ、ずっとずっと歩いて行くんだ。いつか疲れて、もうどこにも行けない時になれば、昔のことを思い起こし、初めての土地で道に迷い、足がぼろぼろになるまでのことをふと思い出す。その時、いろいろな美しい追憶を持って故郷に帰る、錦を飾るなんてもうどうでもよい。
未来のこと、誰かが知るものか。
「だから、お前って、変わった奴だな。俺なら、静岡の方がもっと良いと思う。環境もいいし、家賃なども安いし、骨が折れて新しいバイトを探すのもいらない。しかも友人とも別れなく、いいんじゃない?」
「だから君当初は静岡に留まろうと決めた?」
「まぁ、そうだろう」
「とにかく、あと二ヶ月、僕は東京の街頭に立つから。君はさっさとルームメートを探しなきゃ。そいえば君のような悪い性質なら、僕以外の適当な人が探せるものか」
「うるさい、死ね!」
「ふふ、はやく彼女を作ってよ」
「だから死ねって」
そうだよね、静岡でのこの二年間、楽しかったとは言えるはずだ。この町にだんだん慣れてきて、安定な仕事、穏やかな生活、充実で規則正しい。一週間五日一日四時間の日本語授業。放課後はあわただしくアルバイトに行く。自分を疲れさせてベッドに捨てる。休みの日はネットサーフィンしたり、映画を見たり、ゲームをしたり、友人と集まって遊んだりしている。聞くとなかなかのんびりじゃない?
しかるに出願する時、最後にやはりこんな快い生活放棄して、後へ引けなく東京を選んだ。東京、東京、このこの二年間ずっと心の底で黙読していた所、いったい何なんだ。
まあいいや、なんても自分で決めれば、その後後悔することはいらない、これは僕の生き方だ。今のできることは、回想にふけて、この二年間、何を得た、そして何を失った。
それから、この上に、次の周年を迎える。                               
  二
林は僕のルームメート、大学一年生。もちろん、二ヶ月後は二年生になるんだ。約二年前、僕たちは日本語学校で知り合った。何もわからずに日本へ来たばかりの僕は、彼にいろいろ世話になった。僕たちの故郷は距離上に遠いけど、仲良くなるのには妨げない。性格と言うと、僕たちの似ている所が多くある。
例えば、自分の力で暮らすのを望んでいることとか。
まあ、これがたいしたことではない、もう成人になった男にとっては、正常な望みだろう。
そう言っても、日本は物価が高い、これは間違いない、高度に発展した経済力と合っている。でも留学生ひいては国の両親にとってはさすが大きな負担だ。この問題では、林は僕と共通の考えがある。学費はどうしても自分で払えるわけではない,非法労働は別に、でもそうすると留学する意味がなくなるんだろう。だから許可の範囲の限りでできるだけ自分で生活費を儲けられるようにする。
そして僕たちは確かにこのとおり頑張っている。林はある工場でバイトをやっている、時給が高い。従って体力もすごくすり減らす。だから時々、林は大変疲れた顔を作っている。しかし彼はすごし文句もない、当然のことらしい。
やがて学校の寮は再建するため、僕たちは一緒に部屋を借りて、ルームメートになった。一年後、林は学校から卒業して静岡のある私立大学に進学した。新しい学校生涯を初めて、今まで。
この三年間、林は一度も中国に戻ったこともない。
通常の場合では、留学しに来た学生は一年あるいは一年半を周期として国に休みに戻る。三年間戻っていない林を対して、不思議だと思う人はけっこういるんだ。
「別に何もないよ、ただ面倒だから。そのうえ俺はそんなに帰りたいじゃない、帰っても退屈だ」林はいつもこう答えた。
たぶん真実がわかるのは僕しかいない。彼は帰らないのは、ただ冬休みと夏休みの期間の特殊なアルバイト許可で両親の負担を軽減したいんだ。
林の母さん、重い病気になってしまったらしい。治療のため多くのお金がかかった。もちろんトの両親はこの理由で林を帰らせないわけではない。全く逆に、お二人は時々刻々に林と会いたい。だが林が決めたこと、誰でも変えることができない。
あいつは、ちょっと頑固な人だ。
たまに、彼は一人で海へ行く。何もやらずに静かに座って、海を見ながらぼんやりする。
ある日、彼につき従って海へ行った。実は静岡の海はそんなにきれいではない。金色に輝く砂浜もないし、空中で旋回するカモメもいない。でも海はさすがに海だ。広大、雄大、気持ちを朗らかにさせる。
彼のそばに座って、付き添って海を見る。
「ねえ、ホームシックにかかってるの?」
「いや、全然」
「本当?」
「うん、本当だ」
「お前、素直じないなぁ」
「うるさい」
……
「ねぇ、,海の向こうに……」彼は突然に話を切り出した。
「何?」
「家、かな」
「うん、かもね」

 

(2011年3月9日(水) 18:50)

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この記事を書いたコーチ

爽やかさに定評あり!アナウンスを担当していたから確かな発音と文法

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