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ここで少し一服庵 〜武士の肖像写真〜

今回はタイムスリップして、日本の写真黎明期の作品を鑑賞しましょう。

日本に写真が本格的に定着したのは幕末です。混沌とした江戸末期
長崎、江戸、横浜などに次々と写真師が現れ写真館を開業します。
日本が最も動乱する幕末に写真技術が導入された事は幸運です。
残された数枚の写真は見事にその人物をとらえています。

下記の写真は言わずもがな、新撰組副長の土方歳三の肖像写真です。
現在、彼の写真は二タイプのみ確認されていますが、
みなさんも何処かで見た覚えのある写真だと思います。
この時代の写真はまだフィルムはなくガラス製の湿板(しっぱん)です。
歴史好きの自分にとってこの二枚の写真は以前から興味深いものでした。

これを撮影した時期の歴史的背景を知ると、より一層写真に深みが出てきます。
敗戦に敗戦を続けた幕府軍はついに箱館(当時はまだ函館とは書きません)まで
追いやられ、ここで最後の決戦に挑みます。箱館戦争と言われる戦いの真只中です。
当時いち早く箱館に写真館を営んでいた田本研造氏が、同じ日に撮影されたものと言われています。(因に、田本研造氏は大正元年、81歳まで函館で写真家として活躍し
北海道開拓時代の記録写真を残し、その作品は高く評価されています。)

まず左の写真ですが、目線は前方ですがやや下め、剣が見えなければ物憂い文学者のようにも見えます。両腕にも力がなくだらりとしています。足の開き方も男らしい角度ですがどこかルーズなニュアンスです。事実この時の土方氏は相次ぐ戦いの連続に虚無感を抱いていたのかも知れません。『土方氏のある側面は表現しているが何かが違う。』そこで写真家は今一度、別カットを撮ろうと考えたのです。
『ポーズとアングルを見直し、本来の強靭な土方をもう一枚撮ろう。』と。

それが右の写真です。カメラアングルを右に回転しています。
そして左ひじを突き出し、あごを引き、目線も鋭い感じになっています。
剣も銃ケースも強調されています。そして、人物を寄りから引きにして、全身をとらえて左上に余白をとっています。この余白に土方歳三の無言のメッセージが感じとれます。細部を見るとコートの襟の開き具合も変わっています。左の写真はほぼシンメトリーですが、右のカットは意図的にアンバランスにしてあります。
『動かずに。はい、そのまま。』(多分この頃は露光時間〈シャッタースピード〉10秒前後です。長い・・・。)
何と言ってもこ写真の魅力は、勿論本人の迫力ですが、黒光りするブーツがより効果的です。よく見ると、光もブーツあたりにきていて立体感を強めています。
ずしりと地面に垂直に立ったこのブーツ、土方歳三の固い決意を物語っています。
また、両足の重量感と突き出した左ひじのバランスは心地よく感じます。

この二枚の写真は土方歳三の「明」と「暗」が表現され、
写真家の目を通した「二枚」とういう必然性を面白く思うのです。
土方氏の切迫した心境を写真家は理解していたのでしょう。

以上が、自分の勝手気ままな解釈です。
幕末の志士の写真は坂本龍馬をはじめ、高杉晋作など数点残されていますが、
撮影現場のストーリーが見えるこの二枚の写真は貴重なものだと思います。

長くなりましたが、写真は時代を越えて強いメッセージを残します。
銀塩からデジタルへメカニックは変わりましたが、
被写体とそれを見抜くカメラマンの目線は今でもなんら変わりはないのです。
皆さんも身近にある写真をもう一度見直して、再発見してみてください。

         
                           一服庵主人 岩チュー











ここで少し一服庵 〜武士の肖像写真〜

(2013年11月3日(日) 1:16)

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この記事を書いたコーチ

広告代理店の元アートディレクター。デザイナーならではの視点で充実の指導

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岩本忠家 (カメラ)

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