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古の写真とは

こんにちは、「とことん~」 コーチの宮崎です。

昨日、一昨日の2日間、駆け足ですが信州へ行ってきました。

個人的に信州、特に北部は馴染み深い場所なので、仕事を少しと、あとは写真を撮ろうと思って出掛けたのですが、まあ見事に雨、雨、雨。

まあ、天気の方は仕方がない事なので、曇り空の柔らかい光を使って、モノクロの写真を撮ってみようと、犀川、という川沿いを回ってきました。

写真はアップしますが、今回、自分のモノクロ写真を見ていて、何か今までと違う違和感を感じました。
 モノクロ写真は、ハイライトからシャドーにかけての階調が魅力です。
カラーという視覚がない分、キレイな階調がある写真は美しいものです。

しかし、何か予定調和な感じが拭えない、キレイだけど、残らない、そんな印象も前々からもってはいました。

今回の帰り道、なぜか突然、別々にあった感覚がつながるような感じがしました、そこで一旦、
クルマを止めて考えてみたら、モノクロへの違和感があっさり理解できたのです。

話は少し写真からそれますが、私は古流古武術研究家の甲野善紀氏の著作を、色々な場面で
参考にする事があり、その著作にあった言葉の一部を思い出したのです。
それは「今の自分を常に否定する」ということです。

甲野氏曰く、「私の武術のレベルは、現在の時代ではどうあれ、古の達人達には到底、及ぶものではない、ですから、私には絶好調という状態がなく、前よりはまだまし、という実感しかなく、スランプなどは感じないのです」というような内容でした。

それは写真にもいえるな!という思いが私の中ではっきりわかったのです。

昔の、それもポートレート(人を撮る写真)に時々あるのですが、あまりにも不安定な、なんともいえず感覚をゆさぶる写真があります。
普通の男性の立ち姿(龍馬の写真なんかが有名ですな)なのに、視線だけが異常に鋭いモノとか、女性のヌードなのに、肌をあえてキレイにしないで、目線にだけ力をこめてあるとか。

そこには写真家の、「見えない何かを写してやろう!」という気概が感じられる。

「見えない何かを写しこむ」、これが古流写真(私の造語です)ではないかな?と感じたのです。







現在と違い、昔は写真にかかる手間は大変なものでした。
しかも、1枚1枚のフィルムが高価です、大量に撮影する、という概念はあまり一般的ではありません。

そんな限られた条件の中で、1枚に賭けるエネルギーは相当なものだったでしょう、そこに存在するものを写し撮るだけでなく、人間の不可解な中身まで写しだそうとしたように思えます。

街中のスナップですら、なにか時代の空気を写し込もうとした感があります。

このネタは長くなりそうです(笑)、続きはまた明日、書き込みます。
今夜、また練りこんでみてからですね。

 

(2010年5月24日(月) 12:21)

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