行政書士::Cyta.jp http://cyta.jp Cyta.jpの行政書士の講師がブログを通じて、行政書士情報を発信! 勉強における効率 http://cyta.jp/gyousei/b/79583 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「勉強における効率」について、私の思うことを書いていきたいと思います。  勉強をしている人は誰しも、「効率良く」勉強したいと考えているものです。  そのため、資格試験のための塾や予備校、オンライン講義などで「対策講座」を受ける人が多いと思います。  試験の仕組み、科目の理解の仕方、勉強方法、本番までの過ごし方、あらゆることを教えてくれるので、大体の人はそれが最も「効率の良い」方法だと考えていると思います。  確かに、科目を理解できるように説明してくれて、勉強計画まで立ててくれるのですから、自分で考えて全てを計画して勉強していくよりも「効率が良い」のは確かだと思います。  ただ、残念ながら「対策講座」を受ければ必ず試験に合格するわけではないです。  おそらく、序盤・中盤あたりまでは何の疑いもなく順調に勉強ができていると感じると思います。難しいものでも分かりやすく教えてくれますし、きちんと試験本番当日まで計画された指導をしてくれるので、ちゃんと「対策講座」を受けて、その通りにこなしていれば、合格できない人はいないんじゃないかとさえ思えてくると思います。  しかし、実際にこなせたとしても、試験の合否を決めるのは「試験本番で問題が解ける状態になっているかどうか」であって、「いかに効率良く勉強したかどうか」ではないのです。  「試験本番で問題が解ける状態になっているかどうか」とは、「試験問題が解けるレベルで理解している」、「今までやってきたことを覚えている」、「制限時間内で試験問題を全問解けるようにしている」などといったものです。  これらは、「効率の良い勉強」で身につくものでしょうか。  「一度勉強したことは、もう確認しなくても何か月も漏れなく覚えていられる」という人を除いて、これらは、同じテーマでも繰り返し確認したり、多くの問題を解いたりと地道に努力を積み重ねて得られる、「非効率的なもの」です。  しかし、これらが身についていないと試験には合格できません。  勉強に効率を求めることが悪いとは言いませんが、勉強は単純な作業ではなく、理解する・覚える・問題を解くといった複雑な作業なので、効率を求めるあまりスカスカな勉強をして、結果として「試験合格という成果」が得られないというのでは、まさに灯台下暗しだということです。  結論としては、「対策講座」を受ければ「効率良く」勉強ができます。ただ、合格するために必要な地道な努力を「非効率的なもの」と思ってないがしろにしては合格できませんよということです。一見スマートで楽な勉強なんて何も身につきませんよということです。  「効率」について、より分かりやすくするために別の例で考えてみます。  例えば、年末などにする「大掃除」について、「掃除のプロ」に「効率の良い」方法を教えてもらうとします。  部屋の構造による違い、掃除の順番、事前準備、必要なもののリスト作り、掃除方法など多くのことを教えてくれるでしょう。  その結果、自分の力だけでやるよりも格段に効率よく掃除でき、より短時間で、よりきれいになると思います。  大掃除で「効率の良い方法」をプロに教えてもらった場合はなぜ「成果」が出るのかといいますと、「掃除」というのは、誰もが経験のあることであり、1つの行動ですぐに成果が出るものだからです。  なので、こういう単なる作業で「効率」を求める場合は、きちんと成果が出るのです。「勉強」は単なる作業ではなく、同じ作業をしても人によって成果が大きく異なるので、効率を求めるのが難しいのです。    「掃除」は「きれいにすること」が目的であるのに対し、「勉強」は資格試験なら「試験合格」が目的です。  「掃除」はすぐに成果が出ますが、「勉強」はすぐに成果が出ません。  「掃除」は体を主に使い、「勉強」は頭を主に使います。  頭が痛くても「掃除」はできますが、頭が痛い場合に「勉強」はほぼできません。  眠くても「掃除」の成果はでますが、眠いと「勉強」の成果はほぼ出ません。  ざっと挙げただけでも、これだけの違いがあります。ここまでみれば「効率」を求めるのが容易い「掃除」のような単純作業と、それが難しい「勉強」のような複雑な作業があるのだと分かっていただけたと思います。  以上、「勉強」では「効率の良さ」だけを考えることが危険だということを知っていただければと思い、書きました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Tue, 17 Apr 2018 21:14:47 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 Gネット関東勉強会 http://cyta.jp/gyousei/b/79511 <br>4月14日13時30分北千住にて、Gネット関東主催の勉強会に参加!書士業は人脈が重要。横広がりを絶賛構築中。 行政書士 Sat, 14 Apr 2018 14:30:38 +0900 行政書士講座::晴紀の行政書士講座 良元 晴紀 勉強がつらいと思ってしまう人の一例 http://cyta.jp/gyousei/b/78975 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「勉強がつらいと思ってしまう人の一例」について、私の思うことを少し書いていきたいと思います。  「つらい」と思ってしまう人は、勉強を「単なる1つの作業」だと思ってしまっているのではないでしょうか。  さらに、その作業の内容を、基本書や参考書などに書いてある説明をそのまま「暗記」することであると考えてしまっていると思います。  理解しようという気持ちが弱く、理解できなくてもいいやとさえ思っているかもしれません。  深く考えない単純な暗記作業は、初めのうちは楽かもしれませんが、その単調さと面白みのなさにより、徐々に勉強がつらくなっていきます。  このような状態に至るのは、その方が「自分の理解できる範囲・許容範囲に収めることができるから」だと思います。頭の中で楽をしているともいえると思います。  通常、勉強を始めた時点で、新しい知識や考え方を学びたい、自分の視野や幅を広げたいという気持ちがあり、それらを受け止める態勢が整っているはずです。  それが、自分の理解を超えるもの、自分の考えと合わないものと出会うことで壁を感じるようになります。そして、それらを深く調べる・考えるということをしないでいると、「理解する」ことから「単純暗記する」ことに変わっていくのだと思います。  これは、勉強が苦手な人、普段あまり考えないで過ごしている人など、頭を使うことに慣れていない人が陥りやすいと思いますが、性格的に、自分の考え以外は認めないような頑固な人も陥りやすいと思います。  頭を使うことに慣れていない人であれば、少しずつ時間をかけて頭を使うことに慣れればいいだけですので、あまり問題はありません。  やっかいなのは、頑固な人です。  自分の考えや理解なんてものは、実は思っているよりも狭いもので、それとは別のものなどいくらでもあります。それを受け入れられず、自分の狭い考えに縛られてしまっていると、理解できるものも理解できなくなり、勉強がとてもつらくなると思います。  頑固な人は、相当意識して変えようと思わないと、改善はかなり難しいと思います。自分の理解の範囲で収められる日常的な状態を好み、新しい考えや理解という非日常的なものを恐れているうちは、少しでも難しい勉強になると、きつくなると思います。  そういう人は、「自分は頭が良いのか否か」ということを考えてみるといいと思います。  おそらく、「悪くはない」という答えを出すと思います。  自分の頭が悪いとは認めたくないが、自信を持って「良い」と答えることもできず、宙に浮かして「自分は頭が良いのか否か」を深く考えないようにしています。  それは、理解できない壁にぶつかった際の「理解の放棄」につながりやすいです。  一度、自分を客観的に考えて、至らないところは素直に認めて、意地をはらずに向き合うことしか、根本的な解決にはならないのかなと思います。  ちなみに、「自分の頭は悪い」という答えを出す人であれば、「これから良くなりたい」という気持ちにつながりやすいといえるので、少しずつでも理解しようと前に進めると思いますし、「自分の頭は良い」という答えを出す人であれば、「頭が良いなら分かるはず」と、理解できない壁にぶつかっても理解しようと前に進めると思います。    「何で?」という疑問が晴れる瞬間の感覚、今まで分からなかったことが分かるようになる感覚が「理解」であり、「理解」は楽しく勉強を続けるためだけではなく、記憶に残すためにも必要です。  「説明された時点で分からなければマズイ」わけではなく、「理解」のタイミングは人それぞれです。  私も、基本書を3周してようやく理解できたというものがありました。  1つずつきちんと理解して進んだ方がいいのは当然ですが、本当に理解に詰まってしまう場合は、一旦保留して次に進むということもアリだと思います。  では、「理解すれば勉強は全くつらくなくなるのか?」といわれると、そうではありません。  逆に、こちらから「全くつらくない勉強で何か得られるものがあると思いますか?」と言い返したいくらいです。  多少のつらさはあるでしょう。しかし、その中でも、理解する面白さ、理解して前に進んでいく感覚もあるので、理解すれば「勉強を続けられるくらいには楽しい」と感じるのだと思います。    せっかく勉強を始めたのですから、「つらい」という気持ちにしかならないのはもったいないと思います。    しっかり勉強した後は、甘いものが普段よりもおいしく感じますし、夜ぐっすり眠れます。そういう小さなところからでも楽しさを感じられれば、つらさを緩和してくれると思います。  「あの時勉強しておけばよかった」なんて後悔はしたくはないですよね(定年退職後に行政書士試験の勉強を始めて合格した人を知っているので、高齢になると間に合わなくなるとは言えませんが)。  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Tue, 20 Mar 2018 20:33:33 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 行政書士開業説明会 http://cyta.jp/gyousei/b/78694 <img src="http://cyta.jp/p/image/card/2018/3/4/43685/120.jpg" alt="" /><img src="http://cyta.jp/p/image/card/2018/3/4/43686/120.jpg" alt="" /><br>今年もこの季節が来ました、開業説明会!東京行政書士会の会長はじめ諸先輩方が開業に向けた説明と、パワーをもらえる体験談をいただきました。感謝! 行政書士 Sun, 04 Mar 2018 15:04:48 +0900 行政書士講座::晴紀の行政書士講座 良元 晴紀 問題を作ることで分かること http://cyta.jp/gyousei/b/78576 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「問題を作ることで分かること」について、私の思うことを書いていきたいと思います。  大体の人にとって問題は「解く」ものであって、認識としては、誰かが作っているんだろうぐらいのものだと思います。  ただ、自分で問題を「作る」ことで色々と分かることがあります。  作り方としては、【問題形式】と【問題内容】について決めるだけです。 【問題形式】としては、「行政書士試験の問題形式で作る」、「オリジナルの問題形式で作る」のいずれかがあり、  「行政書士試験の問題形式で作る」のであれば、一番作りやすいのが、行政書士試験の大半を占める問題形式である、「5肢択一」の形式(5つの選択肢{ア・イ・ウ・エ・オ}を作り、正解の選択肢の組み合わせ{又は不正解の選択肢の組み合わせ}は次の1~5の内どれでしょうという形式)です。 【問題内容】としては、「1つの小さいテーマ(民法なら「所有権」など)について作る」、「1つの大きいテーマ(民法なら「物権」や「債権」など)について作る」、「複数のテーマを組み合わせて(「物権」と「債権」について共通する部分と異なる部分を組み合わせるなど)作る」など、色々とあり、  勉強して間もない場合は、学んだばかりの「小さいテーマ」についてしか問題を作れないと思いますが、それで十分です。  例えば、行政書士試験の「5肢択一」の問題を作るとします。  その場合、まず、選択肢を5つ用意するのですが、「正」の選択肢と「誤」の選択肢を用意しなければなりません。  そうすると、問題のテーマについて「〇〇は△△である。」という風に学んでいた場合、最も単純な問題を作るなら、 「正」の選択肢としてそのまま「〇〇は△△である。」として、「誤」の選択肢として、「〇〇は□□である。」とします。  ただ、この「□□」の部分を全く関係ないものにしてしまうと、あまりに単純で簡単です。実際の試験問題でも、単純で簡単な問題が出ることはありますが、それに慣れると少しひねった問題に苦戦するかもしれないので、あまりお勧めしません。  では、どうするかといいますと、例えば、実際の試験問題でも出されるやり方なのですが、【「□□」の部分を似ているテーマから持ってくる】というやり方で問題を作れば、より難しい問題になります。  実際に「契約の承諾」というテーマを例に問題を作ってみますと、  「民法」では「契約を申し込まれたら、それに対して承諾しなければ契約は成立しない」のですが、  「商法」では「その人の専門分野の契約ならば、申し込まれた契約に対してすぐに“ 契約しません”という通知をしないと、承諾したものとみなされて契約が成立する」という違いがありますので、  【民法の問題】として作る場合に、「正」の選択肢として、「契約は承諾しなければ成立しない。」として、「誤」の選択肢として、「契約は承諾しなくても成立する場合がある。」とします。  問題を考える過程で、どういう問題にしたら難しいか、自分が解く場合に嫌だと思う問題は何か、などと様々な考えを巡らせることで、先ほど出した例のように、【似ているもの同士を組み合わせて出題されたら嫌だな】というようなことが思いつくようになってきます。  そうすると、勉強の際に似ている内容や表現には「より注意する」ようになり、とても良い対策になりますし、そういう問題が出るかもしれないと予想していれば、本番でうろたえることはなくなります。  また、問題を作る場合、「間違いのないように」しなければいけないため、ちゃんと作れているかを今一度しっかり確認することになると思いますし、同時に、自分の理解が出来ているかを確認する作業にもなります。  確認作業の中で新たな発見や疑問が出てくるかもしれませんし、そうなればより理解が深まります。  そして、問題を作っていると、「選択肢がかぶらないようにする」、「【できる・できない】、【当てはまる・当てはまらない】のように、文章を変えて作る」など、問題を作る人が何を考えて作っているのが分かるようになってきます。  その作成の過程で、本番の行政書士試験の「5肢択一」の問題と比べることで、出題のされ方についてさらに理解が進みます。    さらに、作った問題を「期間を空けて解く」ことで、記憶の維持に役立ちます。  以上、「問題を作ることで分かること」について書いてきましたが、まとめますと、問題を作ることで ①出題されると嫌な問題が分かる ②出題されると嫌な問題についての対策が分かる ③自分がきちんと理解できているかが分かる ④問題を作っている人の気持ちが分かる ⑤期間を空けて解けば、記憶が維持できているかが分かる ということでした。  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Tue, 27 Feb 2018 21:14:59 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 文章をきちんと理解することの大切さについて http://cyta.jp/gyousei/b/78287 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「文章をきちんと理解することの大切さ」について、私の思うことを少し書いていきたいと思います。  例えば、「民法」の条文を1つ挙げます。 (養親子等の間の婚姻の禁止) 第七百三十六条 養子若しくはその配偶者又は養子の直系卑属若しくはその配偶者と養親又はその直系尊属との間では、第七百二十九条の規定により親族関係が終了した後でも、婚姻をすることができない。 ※「~の直系卑属」とは、基準となる人(「私」で表現します)よりも下の世代の人たちを指しています。「私⇒子供⇒孫⇒・・・」の【子供、孫、・・・】のことです。 ※「~の直系尊属」とは、基準となる人(「私」で表現します)よりも上の世代の人たちを指しています。「・・・⇒祖父母⇒父母⇒私」の【・・・、祖父母、父母】のことです。 ※「729条の規定により親族関係が終了した」とは「離縁した」ということです。 ※祖父〒祖母    父〒母     私〒配偶者      子供〒配偶者        孫=配偶者  この文章を見て、どういう文章構造か分かる、すんなりと意味が分かるという人は、法律の独特の文章表現について、きちんと理解できていると言っていいと思います。  ただ、この文章がよく分からないからといって、文章の理解力がないというわけではなく、言葉の意味やこの文章で使われている重要な表現(=「又は・若しくは」)の理解がふわふわしているだけだと思います。  まず、この条文の内容を分かりやすく言い換えますと、【「養子関連(この条文での登場人物は養子、養子の妻か夫、養子の子供や孫、養子の子供や孫の妻か夫、養親、養親の父母や祖父母です)」のくくりで婚姻できない場合はこういう組み合わせです】ということです。  【〇〇「と」△△は婚姻できない】というのが【全体の文章構造】で、その「〇〇」と「△△」の部分について細かく指定しています。  ちなみに、どういう組み合わせが婚姻できないと言っているかというと、  ①「養子」が婚姻できない組み合わせ(縁が切れた後もダメ) ⇒「養子」と「養親」、「養子」と「養親の父母や祖父母」  ②「養子の配偶者(妻か夫)」が婚姻できない組み合わせ(縁が切れた後もダメ) ⇒「養子の配偶者(妻か夫)」と「養親」、「養子の配偶者(妻か夫)」と「養親の父母や祖父母」  ③「養子の子供や孫」が婚姻できない組み合わせ(縁が切れた後もダメ) ⇒「養子の子供や孫」と「養親」、「養子の子供や孫」と「養親の父母や祖父母」  ④「養子の子供や孫の配偶者(妻か夫)」が婚姻できない組み合わせ(縁が切れた後もダメ) ⇒と「養子の子供や孫の配偶者(妻か夫)」と「養親」、「養子の子供や孫の配偶者(妻か夫)」と「養親の父母や祖父母」 ということになります。  「〇〇」の部分は、「養子 or その配偶者(妻か夫)」、「養子の子供や孫 or その配偶者(妻か夫)」という小さなくくりが2つ(「or」のところに「若しくは」を置いています)あり、その2つを大きな1つのくくりにして、「or」(「又は」を置いています)でつないでいます。    より分かりやすくするために、一段階ずつ「or」を入れてみます。  「養子」と「養親」とは婚姻できない(「or」を省いた状態)。  【「養子」か「養子の子供や孫」】と「養親」とは婚姻できない。  【「養子」か「養子の子供や孫」】と【「養親」か「養親の父母や祖父母」】とは婚姻できない。  【「養子」or「養子の配偶者」か「養子の子供や孫」or「養子の子供や孫の配偶者」】 と【「養親」か「養親の父母や祖父母」】とは婚姻できない。  こう見てみると、「か」の部分に「又は」が入り、「~の配偶者」という部分が追加されている部分の「or」に「若しくは」が入っていることが分かります。  つまり、同じ「or」だけど「くくりを分けている」ということです。  全てを「又は」だけ、「若しくは」だけで表現してしまうと、非常に分かりづらく、どういう「くくり」なのかが曖昧になってしまうので分けて使われています(意味に違いが出る場合もあります)。  ちなみに、「又は」と「若しくは」が同時に使われる場合、「又は」は大きなくくり、「若しくは」は小さなくくりと覚えるといいと思います。  文章の内容が分かったところで、この文章をきちんと理解していれば何が分かるのかといいますと、例えば、「養子」が婚姻できないとされているのが、「養親」と「養親の直系尊属(父母や祖父母)」に限られていますが、  養親の【「直系」=縦の系列のくくり】がダメなら、「兄弟姉妹」という横の系列はどうなんだろうという疑問が出てきます。  この兄弟姉妹の系列のくくりを、基準となる人(「私」)のすぐ傍(そば)の系列という意味で【傍系】と言います。  そして、疑問の答えとしましては、 「養子」と 「養親」の「傍系」、つまり、養親の兄弟姉妹、又は「養親の直系尊属(父母や祖父母)」の「傍系」(兄弟姉妹)との間であれば、婚姻ができます。  実は、他の条文にも、この婚姻を認める文言がきちんと記載されています。 (近親者間の婚姻の禁止) 第七百三十四条 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。  これが、「文章をきちんと理解する」ということで、そうすることで、色々な疑問が出てきて知識がさらに深くなります。  そして、この2つの条文から分かるように、法律に書かれている文章は、他の条文と矛盾しないように、一言一句に細心の注意を払いながら、色々な方向から考えられて定められていると思われます。  法律に書かれてあることが、そのまま法的効力をもって現実に作用するので、当然と言えば当然ですが、それだけ、法律の文章は「極めて重要な意味を持つ」ということです。  当然、法律の文章で表現されている内容でも、「この言葉はどういう意味で言っているのか」、「範囲が指定されていないが、どこからどこまでを指しているのか」、などその文言について多種多様な点で争われることもありますが、それらは「判例」として、結論が出されています(まだ決着していない論点もあります)。  そして、行政書士試験の問題として書かれている文章もまた、法律と同じとは到底言えませんが、一言一句にかなりの注意を払って作られています(誤解を恐れずにいえば、少なくともtwitterなどで気軽に文章を作っているのとは訳が違います)。  なので、それもきちんと理解しないと、知識としては知っていても、問題文の指示通りに解かないことで不正解になることも少なからずあります。    試験本番では、ある程度、問題を解く速さも求められますが、それは文章を正確に読めるという大前提のもとで、+αとして必要なものです。  不正確のまま速く読んで、結果として間違えるのは本末転倒ですので、そこは気を付けていただきたいなと思います。  以上、「文章をきちんと理解することの大切さ」について少し書いてきましたが、このブログも、文字間違いはないか、表現はこれで伝わるかなど、結構気を遣って書いているんですよ~・・・・・・・・・なぁ~んてね、すみません。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Thu, 15 Feb 2018 20:51:37 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 身近なところから触れてみる民法⑤~ビットコインは「物」なのか?~ http://cyta.jp/gyousei/b/78159 <br> 最近コインチェックの事件で何かと話題になっているビットコイン。仮想通貨という奴ですね。流出してしまった仮想通貨について、常識的には持ち主だった人間は返してくれと言えそうなものですが、どうも現実はそんなに簡単に事が運ばないようです。法律制度が時代に追い付いていないのが浮き彫りになっているといえるでしょう。はれのひ事件の時と同様に、被害者はビットコインについて取り返せるのか、検討してみましょう。  ただ、ここから先はまだ裁判の実務ですら固まりきっていないポイントですから、僕の私見が多分に入らざるを得ないのをご了承下さい。私見ポイントと実務で確定してるポイントは分かるように書いておきますので。 ◆身近なところから触れてみる民法⑤~ビットコインは「物」?~ 1.物とは?(ここは現在の実務と裁判。)   凄く基本的なことですが、結構大事なことです。なぜなら、もっとも基本的な権利である所有権は、物、すなわち「有体物」についてのみ生じるのが原則だからです。   もうこの時点で雲行きが怪しいかと思いますが、ビットコインというのは手で触れるような形で現実世界に存在している訳ではなく、ネット上、更にいえばハードディスク上に存在するデータに過ぎないものです。ということは、有体物ではないんですね。よって、ビットコインには所有権は観念出来ないということになります。そうなると、「私の『物』なんだからビットコインを返せ」とは主張出来ないことになるんですね。実際裁判でも、「空間の一部を占めるようなものではない」ということで「物」にはあたらないこととなり、所有権に基づいたビットコイン返還請求は認められませんでした。そしてこの判決によって、ビットコインは所有権によって盗んだ人間から取り返すことが出来ないこととなりました。   (省略しましたが、更に難しく言うと、裁判では所有権がどんな時に生じるかっていうのを3つ述べていて、有体物であること、排他的支配性があること、非人格性があることの3つ。それらについて条件を満たさない、ということで所有権が観念出来ないとしました。今は所有権についてのお勉強ということで他の要件は割愛。) 2.どうやって帳尻を合わせる?(ここからは私見。)   という訳で所有権、すなわち物権によっては中々救済されないというのが現状のようです。他の物権で勝負出来ることあるのかなぁ?僕の脳みそでは直ちには思い浮かびません。   ここから先は私見になります。ではビットコインが取られちゃったらそのまま泣き寝入りしていないといけないのか?権利が何も発生していないのか?となると、そう考えるのはいかにも不自然・不合理ですよね。考えられるのは債権による請求ではないでしょうか。   権利には大きく2つに分けて物権と債権があります。常にこの2つを同時並行的に考えるのは、法律の勉強をする上で基本であり重要なことです。ちょっと法律の問題を考えるときに頭がぐちゃぐちゃして整理が出来ないと思ったら、常に物権と債権の2つのパイプを想像する癖をつけると良いです。 3.不法行為(民法709条)、不当利得(民法703条)   さて、ビットコインを購入した人間にとっての債権が生じ得る相手としては、ビットコインを管理していた会社と、ビットコインを不正アクセスによって盗み出した犯人です。まずは不法行為による責任を追及すること。 (民法709条) 「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」 これだけだと「何じゃこりゃ」なので、いつも通りあてはめてみましょう。 「故意(自分でやろうと思ってやった)又は過失(ビットコインを管理すべき義務を怠った場合、不注意という名の過失がある)によって、他人(ビットコインを預けていた人)の権利又は法律上保護される利益を侵害(預けていた人はビットコインを自分の好きに使える権利をもっていたが、好きに使って良いはずだった何万円、何百万円というビットコインがなくなってしまった)した者(不正アクセス者と会社)は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」 こんな感じなので、多分故意を有していたであろう不正アクセス者は勿論、過失のあるであろうビットコインを管理していた会社についても債権上の責任は生じるのではないかなと思います。 あと、不当利得という法律を勉強しない限りあまり馴染みの無い債権に基づいた責任も一応生じるんじゃないかな?と思います。 (民法703条) 「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」 これは多分不正アクセス者だけに生じる責任かな?あてはめてみると… 「法律上の原因なく(勝手に盗んだだけなんだから法律上ビットコインを持つ権利がある訳がない)、他人の財産(ビットコイン)によって利益を受け(受けてますね)、その為に他人に損失を及ぼした者(及ぼしてますね)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」 どうでしょう、いけそうな気配はあるんじゃないかなと思います。 ちなみに他の責任追及手段として、ビットコインを会社に預ける時に何かしらの契約を結んでいると思うので、その契約違反の責任として民法415条による損害賠償請求なんていうのも考えられるのではないでしょうか。他には会社に対して会社法429条の責任(損害賠償責任です)を追求するなんてのもあり得るのかなぁ。ただ、今回は民法だけの話ですからここは割愛ということで。 まぁもっとも、いずれの責任を追及するにせよ不正アクセスをした人間が見つからない限りはお金は戻ってきませんし、会社に責任を追及するのが現実的だとは思いますが、果たして会社に金は残っているのか?という問題はあります。お金が無いのでは法律上の責任が生じたところで結局賠償金は受け取れませんし。 4.まとめ   こんな感じでしょうか。ビットコインは他にも差押えが出来ないという性質があるようで、「安全な財産」、つまり借金取りに追われたらひとまず現金をビットコインにしてしまえば財産を取られないという風にも言われているようですし、法律がまだまだ追いついていない分野なのは間違いないと思います。しかし、だからといって無法地帯にし続ける訳にもいかず、現段階で存在する法律で何とかするしかありません。こんな風に色々考えるのが法律の勉強です。   勿論間違えることだって沢山ありますが、結局は反復練習です。既に資格で飯を食べているとかならまだしも、資格取得を目指して勉強している最中に間違えることなど何も恥ずかしいことではありません。是非失敗を恐れず色々と考える癖をつけてみて下さい。 行政書士 Sat, 10 Feb 2018 23:39:18 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 勉強の計画について http://cyta.jp/gyousei/b/78060 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「勉強の計画」について、私の思うことを少し書いていきたいと思います。  資格試験のために勉強をしている大体の人は、それぞれに都合を考え、試験当日までの期間をどう過ごすかについて、ふわっとした計画であろうが、きっちりとした計画であろうが、何かしらの勉強の計画は立てていると思います。  それは、科目ごとにどれだけ時間を割くべきか、覚えるため・問題を解くためにどれだけ時間をかけるべきかといった長期的な計画や、不測の事態によって直近の予定に変更があった場合に、その都度考える短期的な計画、ある科目の勉強から次の科目の勉強へ移行する時期に関する計画、自分がこれまで勉強したことを振り返る時期に関する計画など、色々な計画があると思います。  勉強の計画を立てることは、結構楽しいですし、計画通りに進んでいる自分の姿を想像したりして、悪くない気分になったりするかと思います。  ただ、どれだけ頭の良い人が考えた勉強計画でも、常に計画通りに進むなんてことはないと思いますので、最初に勉強の計画を立ててから「何も変えずに進む」ということをしている人がいるのであれば、それは少しもったいないかもしれません。  実際に勉強してみて、内容についてのこと、勉強する環境についてのこと、勉強する時間についてのこと、等々、感じることはいくらでもあるはずなので、それらも計画に加えてより良い見通しを立てるということは、良い勉強の計画にするためには必須といってもいいことだと思います。  苦手な分野が見つかったのであれば、その分野にもっと時間を費やす。  環境が適していないなら変えてみる。  長く勉強すると集中できなくなるなら、時間帯を分ける。  うまくいかないことがあったなら、その対策を考えて実行する。   など、自分の経験をどんどん計画に加えてこそ、自分だけの良い計画ができあがるので、それが自然なことですし、「一度計画を立てたもの」がその後変わらず効力を持ち続けると考える方が、逆に不自然ではないかと私は思います。  なので、その日の勉強が終わった後にどうだったかを振り返るようにすることを習慣づけることをオススメします。  日々、計画は変動し得るということを頭に入れて、自分のこともしっかり考えて計画を改良していくということを繰り返していくと、多少うまくいかないことがあったくらいではブレず、安定した勉強を続けられるようになると思います。  細かいことを考え出すとキリがないようにも思えますが、勉強の計画を立てたにもかかわらず、その後何の手も付けないまま勉強を続けるよりはいいと思います。    では、「計画を立てないで」勉強するというのはどうでしょうか。  計画を立てるのが面倒くさい、計画を立てている暇があるなら勉強する、などといった考え方の人にとっては、計画は不要なもので、もしそういう人でも計画を立てるとすれば、「試験問題を解く時期」の計画くらいだと思います。  私も、勉強したての頃は、大体のことを理解してから計画を立てるかを考えようと思っており(忘れていただけかもしれません)、何の計画も立てずに、とにかく基本書を読みまくっていました。  そして、3か月くらい経った後(基本書を1周か2周した後)、ちゃんと計画を立てようと思うようになり、自分に足りないと思うところに時間を多く割いて、きちんと計画通りに勉強していました。  私の場合は、大体基本書を読み終わっていましたので、自分に何が足りないか、得意・不得意は何か、試験で出そうなところ(複雑なところなど)はどこか、などが何となく分かるようになっていましたので、かなりスムーズに計画を立てることができました。  そういう経験もありますので、勉強を始める前には「必ず」勉強の計画を立てるべきであるとは私は思いません。  もちろん、勉強の計画を立てた方がいい人(何かに縛られた方が頑張れる人は特に)も少なからずいるとは思いますので、勉強の計画を立てるかどうかは、その人その人に合わせて考えるしかありません。  以上、本当に少しだけですが、「勉強の計画」について書いてみました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Tue, 06 Feb 2018 21:11:19 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 行政書士試験と合格発表~続・試験結果の分析・考察~ http://cyta.jp/gyousei/b/78048 <br>  合格発表からしばらく経った行政書士試験ですが、如何お過ごしでしょうか。経験上、合格発表後に試験についての情報を収集しようとする方というのは残念ながら今回の試験で結果が出せなかった方が多いかと思います。まぁそりゃあ、合格したなら試験の情報を収集する必要はもう無い訳ですからね。   そこで、早速次回の試験について役立ちそうな情報を少しでも提供出来ればと思い、色々公式ページの情報を分析していきたいと思います。 ◆行政書士試験と合格発表~続・試験結果の分析・考察~ 1.配点関係   ここ10年間くらいの配点について、今年も含めて変わっていないですねぇ。ボーダーを一度だけ下方修正して合格者数を調整したくらいで、それでも配点自体は弄ってませんし。まぁ今後もこのままいくんだろうなーといったところですね。   詳しい数字については公式ページのアドレスで見てみて頂ければと。 https://gyosei-shiken.or.jp/pdf/h29basis.pdf 2.合格者の属性   以前も似たような考察はした気がしますが、今年の結果を見た感じではやはり相変わらず男性は40代の受験者が多いんだなぁと思いますね。仕事内容と被るところがあって、とか、定年後を見据えて、とかっていう方が多いのだと思います。   女性の場合、30代が一番多いのですね。僕自身が性別的に女性の気持ちを直ちに理解するのは難しいのですが、今まで聞いたことがある受験理由としては…そうですね、結婚・退職後の副業のツールとして考えている方や、会社に勤める際に資格をもっていると給料が上がる、などという場合に頑張って勉強する、という方もいらっしゃった記憶がありますね。   ただ、僕が現在試験勉強をお教えしている方では20代の方というのも普通にいらっしゃいますから、別に若い世代だからといって身の程知らずだとか無謀だとか、そういうのは全く気にする必要はないかなと。実際僕自身も20代で受験しましたし。結局、思い立った時にやればそれで良いのであって、年齢的に成熟してからじゃないと届かない目標だという訳ではありません。   元の資料はこちら。 https://gyosei-shiken.or.jp/pdf/h29basis.pdf 3.最年長・最年少   今回の最年長合格者は75歳、最年少は18歳なんだそうです。しかも1人ではなく、75歳が3人、18歳が4人ということで。いやはやどちらについても凄まじいですね。最年長については、よくぞその年齢でこの試験の受験を思い立ったなと思いますし、最年少についてはまだ周りが大学受験などで一杯一杯の頃ですよ。他に誘惑も沢山ある中、よくぞここまで練り上げたなと思います。これらの姿勢は見習うべきものですね、敬服致します。   ちなみに最年長申込者が93歳、最年少に至ってはなんと8歳なんだそうです。最年長の方も凄いといえば凄いのは間違いないのですが、年齢1ケタのインパクトたるや凄まじいですね。8歳って小学2年生ですよ。まだ乳歯が生えてる年齢ですよ?一体両親の方は何を思って受験させようとしたのでしょう?2年生なんて、多分法律の条文に出て来る漢字すらまともに読めないはずなのですが。世の中広いですねぇ…過去の最年少合格者の記録っていくつくらいなんだろうなー、小学生は流石にいないのかな。   元の資料はこちら。 https://gyosei-shiken.or.jp/pdf/h29summary.pdf 4.今後の展望   基本的にあまり大きく制度を変えるつもりは今後も無さそうかなぁという風に見受けられます。もし変える可能性があるとすれば法改正が大規模に行われた時に少し配点を弄るとかするのかなぁというのがあり得るくらいではないかと。あと2~3年で民法の大規模な改正版が施行されるので、その頃が1つのターニングポイントかも知れません。また、ここをご覧の皆様には関係の無いことではあるのですが、法改正は我々指導者側にとってもターニングポイントです。一体新法になった際どのような場所が狙われるのか?予想をすることは出来ても試験委員でない限り絶対にここ!とまでは言い切れない訳ですから、今までの試験対策指導経験がものをいうことになります。   また、合格率が全体の15%までは前例が出来た訳ですから、この流れに乗って駆け込み的な感じでさっさと受験しちゃった方が受かり易いのかも?という気がします。一応周期的には次の試験は多少難しくなるんじゃないかなと思うのですが、合格率を上げる気があるのであれば過去の難しい年に比べれば余程合格し易いようになるのではないかと思います。合格させ過ぎちゃってるような気がするからそろそろ絞ろうかなーって向こうが考える前に、滑りこんじゃいましょう。   いかがでしょうか。このままじゃいけない、何か変えてみないと、と思い立つ心掛けは大変尊いものだと思います。しかし、折角のやる気も効率があまりに悪いと気持ちの割に結果が出ず、自分のことや試験のことが嫌になってしまうことも多々あるのが悩ましいところです。腰が重くなってしまわない内に、是非我々の能力を使ってみて下さい。 行政書士 Tue, 06 Feb 2018 00:31:04 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 行政書士試験と次への一歩~コーチ探し中の方々へ~ http://cyta.jp/gyousei/b/77992 <img src="http://cyta.jp/p/image/card/2018/2/3/43135/120.jpg" alt="" /><br>  合格発表からしばらく経った行政書士試験ですが、如何お過ごしでしょうか。ここのページはアクセス数が僕から見えるようになっているんですけど、合格発表の日から今に至るまで、通常の3~4倍程度のアクセスが続いている感じです。   そりゃあそうですよね、結果を受けてからこれからどうしようと考えるのは当然のことです。きっと初めて僕のページを訪ねてこられている方もいらっしゃるでしょう。ようこそいらっしゃいました。きっと次はどうやって勉強してくれようかと思案中の方々が多いかと思います。ここには色々な講師の方々がいらっしゃいますので、是非自分に合うなと思った方を探してみて頂ければと思います。そして今日は、僕はどんな感じのコーチなのかというのが分かるような自己紹介的ブログにしていこうかと。 ◆行政書士試験と次への一歩~コーチ探し中の方々へ~ 1.僕の指導スタイル   指導スタイルなどとそんな偉そうな代物でもないのですが、前提としては受講生の方のレベルに合わせて、また受講生の方のリクエストに合わせて進めていくスタイルなので決まった形はないのです。   とはいえ、傾向として一番多いのはいわゆる初学者です。法律の勉強を全くしたことがない方、ちょっとやってみたけど全然分からなくてどうしようもなかった方などですね。そういった方とはまずとにかく勉強法を一緒に模索することからです。結局、努力をすることまでは皆思い立つんです。でも、折角の努力をもっとも効率良く出せるかも考えないと無駄骨ばかりで嫌になってしまいます。まずはそこから。   あと一歩まで行ったのに、といういわゆる中上級者の方も当然いらっしゃいます。その場合はある程度の自分流ルールは確立されているでしょうから、それを必要な範囲でだけ改善・修正してあと一歩を伸ばしていくと。   要はどんな方でもどんと来い、なんですが、スタイルがそうである以上受講生の方がどんなレベルの方なのかをまず知らないことにはどうしようもないので、最初は色々と根掘り葉掘り勉強の進度や体験談をお聞かせ頂くことが多いですね。最初のレッスンの際であったり、それに先立ってここのサイトのメッセージでやりとりをすることが出来るので、そんな感じで文字で色々コミュニケーションを取ることもあります。   大概、勉強する前は誰だって未熟です。そして、未熟な状態を人に知られることは恥ずかしいことですから、やっぱり嫌だなぁと感じると思うのですが。とはいえ、勉強するぞと思い立った勇気があるのなら、それに比べれば小さなことだと考えて頂いて…。 2.最近の行政書士試験の体験   初めましての方も沢山いらっしゃるでしょうしと気合いを入れてみたものの、自己紹介は終わってしまいましたね。という訳でちょっとブログっぽいことしてみようかなと思います。   多分下の方に出るのかと思いますが、これはつい先日の行政書士試験の発表で無事合格した僕の知人の受験票とネットで公開されていた合格発表です。本人に許可を頂きましてアップさせて頂きました。今回は一緒に見たんだったので僕も若干緊張しましたが、無事合格出来ていて良かったなぁと。   知人とは普段、ちょこちょこ勉強をすることがありまして。今回資格を取ってみようということで事前に資格を持っていた僕と一緒に勉強していたのです。彼の場合はある程度法律の勉強の下地はあったタイプなので、必ずしも僕が貢献したとはおこがましくて言えない部分が多いのですが、それでもある程度身近な距離で今回の行政書士試験の合格者が出たのは嬉しかったですね。まぁ一応使ったテキストとか問題集は僕がお勧めしたものですから、関わっている部分もあることはあるのでセーフということで。   僕は一応行政書士としてここにいるのですが、なったからといってそこで勉強が終わりな訳ではありません。分からないことは調べるし、勉強中の人とだって一緒に考えます。ですから、彼とは分からないことは一緒に図を書いたり本を調べたりしながら考えたりもしていました。行政書士試験の範囲で点数を取るだけを目標にするなら必要無いこともありましたが、僕の場合は人に説明出来ないといけませんから、それよりも一回りか二回りは詳しく知る必要がありますからね。彼は合格した人間の僕についていけるよう知識が吸収出来たし、僕は正に試験の合格を目指している彼に理解して貰えるような説明が出来るよう頑張ったということで、とても良い関係で勉強が出来たなと思います。   ちなみに、試験地が明大和泉キャンパスって書いてありますけど、僕が受験したときも同じ場所でした。あそこはもうずっと行政書士の試験会場になってますねぇ~。広くて綺麗だった記憶があります。   こんな感じで、講座名にもある通り、一緒に考えることが結構あるのが僕です。分からないことなんて、誰だってあって当然です。それは別に悪いことではありません。それよりも、分からないものをどうやって分かろうとするのかが重要です。そしてその方法は人によってみんな違います。そこを二人して探していけるようにしたい、というのが僕の講座です。興味が出た方がいらっしゃいましたら、体験レッスンでお会い致しましょう! 行政書士 Sat, 03 Feb 2018 11:27:24 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 ◆行政書士試験と2017年度(平成29年度)合格発表当日◆~試験結果の分析・考察~ http://cyta.jp/gyousei/b/77949 <br> とうとう、2017年度の行政書士試験の合格発表がありましたね。何回かに分けて、今回の試験の分析・考察をしていきたいと思います。 1.結局、記述の基準はどうなった?   前回のブログでは、今年の行政書士試験は、記述を除いた短答式試験の平均点について、予備校の出口調査によると例年に比べて4~5点平均点が高いらしいと書きました。つまり、記述が例年通りの基準で採点されるとすると、例年よりも合格者が沢山出ることになる訳ですが、常に10%前後の合格者数で調整してきた行政書士試験においてそれを認めるのか?というのが注目点でした。10%前後を維持しようとすると記述の採点基準がかなり厳しいことになってあまり点数が伸びないだろう、ということです。さあどうするのかな、といったところでした。   結果からすると、公表されている試験結果については公式ページに掲載されています。以下がアドレスです。 https://gyosei-shiken.or.jp/pdf/h29summary.pdf   今年の合格率は『15.7%』だそうです。これは、過去10年間では最も合格率が高かったことを示しています。つまり、無理矢理記述の採点基準を厳しくすることなく、例年通り程度の基準で採点したということですね。過去は結構大人の事情で採点基準を厳しくすることも行われていたのですが、ここへ来てそういう意地悪は止めたみたいです。今年受けた方は他の年の受験生に比べればラッキーだったということですね。 2.合格者の方々へ   今回の試験で合格出来た方々、おめでとうございます。僕がこんなところで祝福するまでもなく、自分の努力が報われた瞬間の満たされた気持ちを味わっていることでしょう。ちょっと機嫌が良くなりすぎて、普段よりも若干会話する時の声に張りが出て「君、今日ちょっと声大きくない?」とか友人に突っ込まれている頃かも知れませんね。「君、なんでさっきからニヤニヤ笑ってるの?」って怪訝な顔をされている頃かも知れません。嬉しいことを嬉しく思って悪いことなどありません。存分に変な顔をすれば良いと思います。   「ラッキーで合格しやがって」と妬まれることもあるかも知れません、「今年じゃなかったら落ちてたかも知れないし」と自分に自信が持ち切れない合格者の方もいるかも知れません。しかし、僕からすればそんなことを気にする必要は全くありません。「難しい試験に合格したい」のではなくて「行政書士の資格が欲しい」と思って受験したのですから、難易度なんてそもそもどうでも良い話です。むしろ、合格することが出来たからこそ妬まれるのですから、「いやー合格者は辛いぜ」と心を大きく持って下さい。   しかし、それだけ取りたいと思っていた資格、すなわち大きな力を手に入れたということは、それだけ大きな責任も伴なうのだということを自覚しなくてはいけません。「行政書士の資格を取った知人にちょっと民法の分からない部分があるから質問してみたら説明が全然分からなかった。ほんとに受かったの?」なんて言われてしまうことだってあり得るのですから。法律のことが一切分からない方からの依頼だって十分考えられる訳で、そういった方に自分の仕事内容の説明も出来ないようではいけません。「資格をもっている」という公示機能は、法律知識が豊富であることに対する強い信頼を生んでいますからね。   それに、同じ行政書士という身分をもっている人間と比較した場合、当然ですが行政書士の資格があるかないかで優劣を決めることは出来ません。だって2人共もってますからね。ではどこで差がつくのか。それは知識の正確さ、使いこなし方、お客さんの取り方、収入の多さ、コネの多さなど、多岐に渡ります。ですから、今後は今までの目標であった「行政書士試験に合格するだけの知識を手に入れる」というテーマではなく、より一層知識を正確に整理し、使いこなせるようにならなければいけないという更に大きな目標を背負うことになります。努力の末、難関試験と評される行政書士試験を合格するだけの結果が出せたのですから、臆することはありません。その工夫、努力、熱意、根気でもって、今後とも一層頑張って下さい。   ともかく、これで合格者の方は晴れて行政書士の資格を手に入れました。どのように使うかは持ち主である合格者自身で決めて良いのです。お好きなように、自分の為になるように使って下さい。やりましたね! 3.不合格者の方々へ   他方、記述の結果次第というところまで点数を取りながらも今回の試験で合格出来なかった方々。悔しいと思えるなら、それだけ本気で取り組んでいた証拠です。人間、本気度が高ければ高い程、その本気が報われなかった時のショックは大きくなるものです。悔しく思うことは格好の悪いことではありません。その力強い感情をもてることこそが大事なことなのです。   不合格という結果を受けて「本気を出さなかったから合格出来なかっただけ」などと言い訳している人も周りにいるかも知れませんが、じゃ何で出さなかったんだよって話です。「本気なんか出してないよ」なんて言って格好良いのは、合格発表よりも前にそういう発言を残しておいて、なおかつ結果発表でしっかり合格という結果が出せたときだけです。試験に受かるだけの力を調整して出すことも出来ないのがその人の本気であり、限界なんです。わざわざこういう人達の真似をする必要はありません。自分の本気が目標に届かないことは悔しくて当たり前なんです。   僕の人生経験上、本気を出す練習をしていないと本気の限界はどんどん下がっていきます。出し方を忘れていってしまうからです。プロピアニストですら1日ピアノを触らなかったら感覚を取り戻すのに3日掛かると言われているというのに、ずっと本気を出さないでいたら本気を出せるようになるまでにその人の一生が終わってしまいます。周りにどう話すかはともかくとして、本気を出す練習は常にしておくべきだと思います。   そして、問題は次です。次はどうすれば合格出来るのかを考えることです。明確な苦手分野・敗因が判明しているのであればそれを徹底的に潰すこと。1人で潰せるならそれで良し、「1人ではさぼって勉強しないこと」なんかが敗因なのであればチェックしてくれる相手を探すこと。「受験当日に道に迷ったせいで焦って全然集中出来なかった」のなら当日の移動のしかたを考え直すこと。   何が悪いのかすらよく分からない、けど悔しいから何とかしたいという方。僕がサイタにコーチとして登録されたのは2017年度の行政書士試験の少し後でしたから、当時僕はいませんでした。しかし今は僕がいます。距離的に交流できる範囲の近所の方々、来年の試験、一緒に頑張ってみませんか。 4.次回予告   長くなってしまったので、今回はこの辺で。次回は現在行政書士試験の公式ページで公表されている合格率以外のデータを色々分析してみたいと思います。 行政書士 Wed, 31 Jan 2018 22:36:46 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 法令科目の覚え方の一例について http://cyta.jp/gyousei/b/77910 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「法令科目の覚え方の一例」について、書いていきたいと思います(あくまで一つの例として挙げますので、それがすべてではありません)。  まず、イメージしやすいように法令とは全く関係のない話を出してみます。  【彼の名前は田辺君、22歳の男性。子供の頃は素直でいい子でしたが、素直であるがゆえに周りの人に騙されることが多く、そのたびにどんどん人が信じられなくなり、人の悪い部分ばかりが目に付くようになりました。  その結果、かなりの毒舌になってしまい、友達と会って話すときは常に誰かの悪口を言っています。お酒が入ると特にひどく、丸1時間ぶっ通しで言い続けることもあります。  ただし、田辺君は金髪の女友達の前だと良い人になり、悪口は一切言わなくなります。  さらに、会って話している友達の中に、最近不幸があった人など、田辺君が「かわいそう」と思った人物がいる場合も悪口は言わなくなります。  そんな田辺君ですが、実は場の雰囲気を盛り上げるのが上手だったり、気配りができたりするということもあり、周りの友達からの評価はそこまで悪くありません。  しかし、最近になって、田辺君には隠れたある一面があるのではないかということが友達の中で噂になっています。それは、「田辺君はラッパーを見かけると、側に誰がいようとラッパーを激しくディスり(けなし)だすのではないか」ということです。  そして、少しためらいながらも、友達は田辺君本人にその噂の真偽を確かめたところ、田辺君から、「ラッパーだけは勘弁ならねえ」とだけ回答を得ました。その答えだけで田辺君の噂の真偽は明確になりました。】  この話の中で、「田辺君の悪口の法則」ということを考えていきますと、 【原則】として、「友達と会って話すときに悪口を言う」 【例外①】として、「金髪の女友達の前だと悪口を言わない」 【例外②】として、「田辺君が「かわいそう」と思った人物の前でも悪口を言わない」 【例外の例外】として、「ラッパーの前だと、例外①②の場合でも悪口を言う」 ということがいえます。  これらを基にして、「田辺君の悪口の法則」について正誤問題が出されるとすれば、 1、田辺君は常に悪口を言っている。 2、田辺君は女友達の前だと悪口を言わない。 3、田辺君と会って話している友達は、悪口を聞きたくなかったら、不幸話を持ち出して田辺君に「かわいそう」と思わせればいい。 4、田辺君に悪口を言わせるためには、ラッパーを連れてくるだけでいい。 5、ラッパーが田辺君に不幸な話を持ち出して、田辺君に「かわいそう」と思わせた場合、田辺君は悪口を言わない。 といった感じになります。それぞれの答えは 1=× 田辺君は「友達と会って話すとき」に悪口を言うので常に言うわけではない。 2=× 田辺君は「金髪の」女友達の前だと悪口を言わない。 3=〇 田辺君は「かわいそう」と思った人物の前では悪口を言わない。 4=〇 ラッパーの前ではどういう状況でも悪口を言う。 5=× たとえ田辺君が「かわいそう」と思っても、ラッパーである以上、悪口を言う。 となります。  行政書士試験の法令科目の問題も、このような感じで出題されます。  重要なことは、それぞれの科目のそれぞれのテーマごとに、【原則】を覚えて、原則に当てはまる問題を解ける状態にする、【例外】を覚えて、原則に当てはまらない問題を解ける状態にする、【例外の例外】を覚えて、原則と例外が入り乱れた複雑な問題を解ける状態にする、という段階があるということです(テーマによっては【原則】までだったり【例外】までだったりするものもあります)。  加えて、田辺君の例でいえば、田辺君が「かわいそう」と思う基準はなんなのか、金髪の女友達は天然の金髪でないといけないのか、染めただけでいいのかなどの【争い=判例】を覚えて、このような問いに答えられる状態にする、という段階にたどり着かなければならない場合もあります。  これらは1つのテーマごとに存在しますので、1つのテーマを全部覚えることは、テーマによっては時間がかかり、覚えきれないという可能性も出てきます。  そこで、本題の「法令科目の覚え方の一例」を示しますと、とりあえず【原則】=【友達と会って話すときに悪口を言う】と【例外】=【金髪の女友達と田辺君が「かわいそう」と思った人の前では悪口を言わない】だけを覚えて次のテーマに進む、それでも厳しい場合は【原則】だけでも覚えて次に進むという方法です。  そして、テーマを何周かして少しずつ覚えることを増やして【例外の例外】のようなものも覚えるようにしていけば、人によっては理解がスムーズに進むのではないかと思います。  複雑なテーマの場合、一度覚えただけでは、すぐに忘れてしまうこともあり、加えて、復習は必ずしなければならない(例えば2月に覚えたことを11月まで覚えていられるかを考えれば何となく分かると思います)ことでもあるので、覚えるべきものを何回も見ることになり、覚えやすくなると思います。  以上、「法令科目の覚え方の一例」について書いてきましたが、試験本番では、普段は感じない緊張感がある中で解かなければならず、サッと頭の中に浮かばないと時間制限内にすべての問題を解くことができなくなります。  どんな方法であれ、入念に覚えることをオススメします。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Mon, 29 Jan 2018 21:58:32 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 勉強と不安について http://cyta.jp/gyousei/b/77802 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「勉強と不安」について、私が思うことを書いていきたいと思います。  勉強をしていく中で、何となく気になって、現れたり消えたりして、少しずつ焦りやいら立ちを感じさせてくる「不安」ですが、自分の勉強の仕方がうまくいっているのか自信がないとき、勉強しているものについてよく理解していないときに強く感じると思います。  また、勉強そのものが、得体の知れないもの(学んで知るまでは)と向き合うものであり、その得体の知れないもの自体を「不安」に感じる場合もあると思いますので、勉強していて「不安」になるということは、実は自然なことです。  「不安」を感じたからといって、別にいけないことというわけではなく、特に何も問題がないのであれば、気にせず勉強を続けていいと思います。  ただ、「不安」を悪く捉えすぎて、うまくいかないイメージができてしまうと、勉強の邪魔になります。  勉強していて、分からないと思ったとき、「あ~自分はダメなんだ」とか、「勉強ってうまくいかないものなんだ」などど思ってしまうと、あまり良い影響は出ませんし、「どうせやっても分からないから」と勉強する意欲を失うことにもなりかねません。  だからといって「不安」を良く捉えればいいとは私は思いませんが、あまり悪く捉えすぎると支障が出るものだと思っています。  では、どうすればいいかということですが、私は【良い不安】と【悪い不安】で分けて考えれば良いと思っています。  「不安」の元が、自分がうまく理解できていない部分について「もっと理解を深めなくて大丈夫かな」といったものや、自分の勉強方法について「もっと良い方法があるんじゃないかな」といったものである場合、  「勉強の目的を達するために十分に対策したい」という気持ちの表れだと思いますし、それを感じた時点において「対策が可能」ですので、それは【良い不安】であり、自分でできる限りの試行錯誤をして何か1つの答えを出すことが大事だと思います。  そうすれば、大体の場合、そういう「不安」は消えると思いますし、もしそれでも同じ「不安」が出てくるのであれば、それに対して【できる限りのことをやった】という事実を考えれば、気にならなくなると思います。  ですので、【良い不安】の場合は、きちんと答えを出した方がいいと思います。  「不安」の元が、予想できない先のことや自分の過去の出来事について悲観するものであったり、何となくうまくいっていない現状について、安易にその原因を「自分に向いているか否か」に繋げるものである場合、  それは、ただ自分を悲観的に、消極的にさせるだけのものですし、それを感じた時点では「何の対策もできない」ので、【悪い不安】であり、それがいかに不要なものかを徹底的に考えて、無視すべきものです(絶望的に前に進まないなど余程のことがないかぎり、【悪い不安】を真に受ける必要はないと思います)。  どう考えても【悪い不安】が消えないということもあるかと思いますが、そういう場合は、その「不安」を打ち消せるような行動を実際にとっていくしかないと思います。    以上、「勉強と不安」について書いてきましたが、やることをしっかりやっていれば何の問題にもならないので、気にしすぎるのも良くないかもしれません。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Mon, 22 Jan 2018 21:05:04 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 行政書士試験と迫る合格発表~今回の注目点~ http://cyta.jp/gyousei/b/77762 <br>  今年の合格発表は1月31日ということで、あと10日程になりましたね。今回は例年と比べて若干事情の違う要素があるので、どんな風に結果が出るのかは受験者のみならず指導者側だったり指導者を抱える予備校側だったりも注目しているところです。当然、僕も気になっているところです。 ◆行政書士試験と迫る合格発表~今回の注目点~ 1.前提として、全般的に平均点が高いらしい   予備校による出口調査によると、例年の試験よりも受験者の平均点が5点前後高いみたいです。これは、記述を抜いた点数のところが殆どのようですね。記述の結果を待つまでもなくこの時点で合格の点数を取っているならそれでおしまいですが、この結果を踏まえて更に記述の点数次第で合否が分かれる方というのが多いと思うのですね。   そうなると、例年の基準で記述式試験を採点すると多分最終的な成績も例年より5点前後上がることになり、1点の中に10人、20人とひしめくことが通常の資格試験において、ましてや合格ボーダーライン付近なんて下手したら100人前後固まっていてもおかしくありません。ということは、5点も高くなったら例年よりも100人、200人以上も合格することとなり、そんなに合格させたら普段から合格者の割合を全体の10%前後に調整している試験で15%とかになってしまう可能性があります。 2.注目①:記述の基準はどうなる?   なので、普段よりも厳しい基準にしてちょっとでも人数を削らないと例年と同レベルの合格者数と割合にならないのですね。例年通りにしようと試験委員が考えるのか?それとも例年よりも増加してもそれはそれで良いと考えていつも通りの採点基準で採点するのか?   例年なら既に合格してそうなくらい記述が出来ていたはずの人が、今年は厳しく採点されて不合格になってしまうこともありうるということですね。これは本当、当事者からすると嫌で嫌で仕方がないことです。指導者の方々も、自分の教え子達のことを思うと気が気でないところでしょう。 3.注目②:不祥事の後始末はどうなる?   記憶に新しい、試験答案用紙を紛失したという凄まじい事件がありましたね。あれはどんな感じで再試験して、その問題も公表してくれるのかな?と。僕の記憶ではこういう再試験って行政書士試験では無かったんじゃないのかなぁと思うので、別の問題を作成したならそれも過去問として見せて貰いたいし、再試験を受けさせられることになってしまった2名の不運な方々の試験結果も公表されるのか?というのも気になります。「ああ、この問題で不合格なら実力不足の人達だったんだな」となるかも知れないし、「こんな難問ばかりやらされて不合格なんて本当可哀想だな」となるかも知れないし、「こんな簡単な問題で合格にしてくれるなら彼(彼女)らは運が良かったな、ズルいとすら言える」「叩かれたくないから簡単にしてご機嫌を取ったのか?」となるかも知れない。つまり、どう転んでも炎上するようになってます。何1つ情報を公開しないということでも炎上するでしょうし、かなり悲惨だなと思います。   まぁでも、試験センター側の不始末なんですから可哀想とか同情とかは全くありませんけどね。猛省しなくてはならないことです。 4.注目③:最年長・最年少は何歳になる?   前回の試験では10代前半が最年少でしたね。末恐ろしい、将来の日本の宝となるべき頭脳の持ち主だと思いますね。敬服します。   10代と60代は共に年々合格者が増えて来ているんですな、試験センターが公開している資料によると。妙に傲慢になって皆にうとまれ、煙たがられるような偏屈なベテランではなく、我々が子供の頃に大人という存在に漠然と抱いていた期待のように、正に賢者と言うに相応しく皆が目標としたくなるような、聡明な人生の先輩が続々誕生していくような流れは歓迎すべきだと思います。      今現在、自己採点が終わってあとは記述次第…となって合格発表を待っている方々は、人によっては正に待ち遠しいと思うし、人によっては発表の日がずっと来なければ良いのにと思っていると思います。それだけのポジティブまたはネガティブな感情で発表の日を迎えられるということは、それだけ合格ラインがすぐそこまで迫っているというくらい勉強の結果が出ているということの証拠でもあります。記述次第というところまで行けていなかったら既に不合格が確定している訳で、そんな気分を味わうことすら無かったのですからね。   落ち着けといってもどの道落ち着けないなら落ち着かなくて良いです。せいぜい今しか味わえないハイまたはローなテンションを良い思い出にして下さい。 行政書士 Sat, 20 Jan 2018 20:02:28 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 勉強は毎日するべきか http://cyta.jp/gyousei/b/77670 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「勉強は毎日するべきか」ということについて、私の経験から思うことを書いていきたいと思います。  何らかの目標のために、勉強しなければならない状況にある場合、ある程度の勉強計画を立てると思います。  「勉強できる時間がどの程度あるか」によって全く違ってきますが、ここでは、【1日1時間以上は勉強できる環境にある】ことを前提として「毎日勉強するべきか」を考えていきます。  たとえ1時間でも、毎日勉強できるのであれば、それは理想的なことです。特に、難しい試験などの勉強するのであれば、毎日の勉強は欠かせないともいえると思います。  ただ、【その1時間は集中して勉強できているか】を考えなければならない場合があります。  例えば、別の日に5時間くらい勉強できる余裕があり、勉強しない日があっても補完できるのに、「毎日勉強する」という計画を立てたがために、忙しい日でも、毎日必ず1時間は机に向かう状況を作っているという場合、【これ】を考える必要が出てきます。  「忙しい日の1時間」でも、きちんと集中して勉強できているのであれば、何の問題もありませんが、人はロボットではありませんから、徐々に疲れがたまっていくのではないかと思います。  その結果、その1時間が「あまり頭が働かないまま過ぎる」という状況になり得るのではないかと思います。  そうなると、本来は毎日「勉強する」という目的のために、忙しい日でも1時間は机に向かっているはずが、毎日勉強する計画を達成したいがために、「机に向かう」ということが目的になり代わっていき、成果の得られない1時間を無理して過ごすことになりかねません。  自分では気づきにくいことかもしれませんが、自分が集中して勉強しているかどうかを判断する基準としては、勉強中に「今何分勉強したか」ということを考えているかどうかで分かる場合があります。  集中して勉強している人は、いちいち「今何分勉強したか」なんて考えていません。勉強を切り上げなければいけない時間にアラームをセットしてればいいだけだからです。  なので、「今何分勉強したか」を考えているうちは、集中して勉強できていないんだと思って下さい。  集中できていないことにきちんと気付けて、毎日勉強するという計画を修正できれば大きな問題にはなりませんが、ムキになって続けたりすると、肉体的にも精神的にも悪影響が出かねません。  このようになってくると、「毎日勉強すること」が「集中して勉強するための妨げ」になってしまいます。    結論としては、適当な勉強にならずに毎日勉強できるのであれば、勉強は毎日するべきだと思います。  なので、それができそうにないと思うのであれば、無理に「毎日勉強する」という計画は立てない方がいいです。  正直なところ、疲れているときは思いっきり休むことをオススメします。焦りや不安は多少出てくると思いますが、ベストな状態で勉強するためならば、仕方がないことだと思います。  ただし、「休むこと」と「勉強すること」(当然「他のやるべきこと」についても)とを【切り替える】ということをしっかり意識して下さい。非常に重要なことです。  また、何となく勉強する気にならないという場合、「疲れているから」なのか「怠けているから」なのか等、【理由が何か】をはっきりさせないと、休むべきときに休めなくなりますので注意が必要です。  少し話が飛びますが、試験の合格方法を教える類の書籍で「〇か月で合格できる」みたいな本が世の中にはあるみたいです。  そういうのは大体、毎日決まった時間に、完璧に集中して勉強できるということを大前提として話が進められています。  勉強の他に何も予定がないことが当然かのように、平気で分刻みのスケジュールを完全にこなすことを求めてきます。  そのようなきつい勉強をこなしてようやく、合格が「不可能ではないレベル」に到達するといった感じだと私は思っています。  ですので、私は全くお勧めしません。  最後に、私が行政書士試験の勉強をしていた約1年間はどうだったかというと、初めの頃は少しでも時間があれば毎日勉強をしていました。  ですが、やはりどうしても「きつい日」というのが出てきて、その日に勉強してもあまり勉強した気にならなかったので、きつくなりそうな日は全く何も勉強しないようにしていました。  以上、「勉強は毎日するべきか」について私見を書いてきましたが、自分の場合はどうなんだろうと少しでも考えていただければ幸いです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Sun, 14 Jan 2018 21:01:59 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 身近なところから触れてみる民法④~「はれのひ」事件、着物は誰のものになる?~ http://cyta.jp/gyousei/b/77654 <br>  先日の成人式を経て一躍(悪い意味で)有名となってしまった「はれのひ」。買ったはずの着物が届かないまま、更にオークションに出品されているとまで報道されていましたね。現時点ではオークションに出品されている着物は「はれのひ」関係者ではないということらしいので、疑わしきは被告人の利益ということで直ちに「はれのひ」を叩いてはいけないと思いますが。   でも、こういう事件をきっかけに民法に触れてみるのは良い勉強のきっかけになると思います。他の特別法については考慮しないことを前提に、仮に一度売ったはずのものを更に別の人にも売ってしまった場合、どんな風に結末が落ち着くのか。ちょっと考えてみましょう。初学者の方も既に法律の勉強をしてらっしゃる方も、腕試しのつもりで一緒に考えてみて下さい。疑問があったら是非僕の講座においで下さいましネ! ◆身近なところから触れてみる民法④~「はれのひ」事件、着物は誰のものになる?~ 1.問題設定   着物を売った人がAさん、着物を最初に買った人をBさん、着物を2番目に買った人をCさんとします。 ①まず、AさんがBさんに着物を売りました。AさんはBさんからお金を振り込んで貰いました。このとき、AさんはBさんが着付けをする場所に着物を直接届けるため、しばらく着物を預かっておく約束をしました。 ②次に、Aさんは売ったはずの着物をAさんに届けることなくCさんにも売りました。そして、Cさんからも着物の代金を振り込んで貰いました。 ③その後、Aさんは2番目に買ったCさんの元に着物を引渡ました。 問題:最初に着物を買ったBさんは、2番目に買ったCさんに「その着物は私が先に買ったので私のものです。返して下さい」といって返して貰うことが出来るでしょうか? 2.鍵になる条文は192条「即時取得」 (1)状況の整理   なるべく簡単に鍵となる条文までの道筋を説明すると、AさんとBさんの間で着物の売買が行われた時点で、何かしらの特別な条項でもつけていない限りは意思主義(民法176条)によって所有権はAさんからBさんに移ります。そして、「もうBさんのものなんだけどちょっと預かっておきますね」と言った時点で、法律上は着物がBさんに引渡されたことになります(占有改定などという難しい言い方をする)。実際にBさんの元に現物である着物が届かなくても、です。これによって、本当の持ち主はBさんになります。つまり、Aさんが着物をもっているという外観は変わらないのですが、売買契約を通じて「自分の着物をもっている」状態から「Bさんの着物を預かっている」状態に変化したのです。   次に、Cさんはそんな感じにBさんの物となったはずの着物を、まだ手元に持っているAさんから買っています。Aさんは着物について既に所有権という権利を持っていない人であるにも関わらず、「着物屋さんが持ってる着物なんだからAさんの物なんだろう」と思って買った訳です。 (2)192条「即時取得」   こんな時に問題を解決する条文が民法192条。即時取得と呼ばれる条文です。 「取引行為によって、平穏に、かつ公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。」 という条文です。これ、何て言ってるか分かりますか?僕は最初にこの条文を読んだ時、読んでる途中にもう条文の前半を忘れてしまいました。という訳で、問題の状況に当てはめて翻訳してみますね。 「取引行為(売買)によって、平穏に、かつ公然と動産(着物)の占有を始めた者(Cさん)は、(Aさんが着物についての権利を既に持っていないということについて)善意(知らない)であり、かつ、過失がない(知らないことについて不注意がない)ときは、即時にその動産(着物)について行使する権利を取得する。」  先述の通り、既にAさんは着物について所有権を失っています。でも、Cさんはそのことを知りません(これを「善意」と言います)。そして、着物屋さんが着物を売ってるのを見て「これはAさんの着物だろう」と考えることが不注意か?というとそんなことはないのではないかと思います。メルカリの写真程度で他人の物であることを見破れるとも思えませんしね。なので、Aさんが着物について権利を持っていないと思うことについて不注意があるとはいえないと思います。そうなると、Cさんは192条の要件を全て満たし、着物についての権利を得ることが出来る、というのですね。  ということは、結論としてBさんはCさんに対して着物を返せと言えなくなってしまう、ということになりますね。 ※ちょっと上級者の方向けの記載   ちなみに、問題をややこしくしない&即時取得の条文を紹介したいために占有改定で引き渡したことにしておきましたが、仮に売買契約後にまだ引渡されていない状態でCさんに更に売ったのであれば、いわゆる二重譲渡になります。そうなると、178条によって引渡の先後によって決するという例の話が出てきます。引渡がいつなのかによって178条なのか192条なのか、場面が全く異なることに要注意。まぁどちらにせよ引渡が先のCが勝ちますが。不動産だったら177条一本だからややこしくないのにね…動産を売っているはれのひの罪は深い。 3.まとめ   この結論を皆さんはどう考えますか?Bさんが可哀想?Cさんが得し過ぎ?   ちなみに、着物は返ってきませんが、当然BさんはAさんに対して「売買契約の約束守ってないじゃん!着物返って来なくなったじゃんかどうしてくれる!?」と、損害賠償請求(民法709条)とかをすることは出来ると思います。まぁ倒産寸前の会社に金があるのか疑問ですし、お金では買えない思い出は返って来ないので気休めかも知れませんが。   こんな感じで自分で条文を使えたら面白いだろうなー、とちょっとでも思ったのであれば、僕と一緒にお勉強しましょう。 行政書士 Sat, 13 Jan 2018 21:18:48 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 行政書士試験と勉強法の基本~インプット(暗記)とアウトプット(練習)、どっちも絶対必要~ http://cyta.jp/gyousei/b/77616 <br>  小・中学校の頃の勉強している気になっている人のアピールって、とにかく丸暗記だったと思うんです。自分で言っていて若干耳が痛くてたまりません。あれが通用していたのは、丸暗記したままの答えを書くことが求められていたからです。   ところが、大人になってくるとそうでもないことに気付く、というか気付かないと点数が伸びなくなってくるんですよね。行政書士試験もそうです。 ◆行政書士試験と勉強法の基本~インプットとアウトプット、どっちも絶対必要~ 1.丸暗記が絶対ダメな訳ではないのが大前提   丸暗記による勉強を「応用力が育たない」だの「そんなのが勉強なら機械にでも記憶させた方がよほど優れている」だの言う方がいますが、そもそも答えが決まっているものについて勉強する時に覚える以上のことって何も出来ないと思います。逆にそれ以外のことを挟むのは無駄です。法律の勉強をした人は「丸暗記による勉強は良くない」と言うことがとても多いですし、それは確かにある意味正解なのですが、言う場面を考えないと聞く相手が誤解する表現なのも間違いないのですね。   法律の勉強をした人達は「丸暗記では対応できない部分についてまで丸暗記しても意味がないぞ」と言っているのであって、「丸暗記による勉強が間違った勉強だ」と言っている訳ではないのです。どっちも使えば良いのです。極端に勉強法に革命を起こす必要があるのではなく、足りない部分は新しい勉強法で臨めと言っているだけです。いわゆる「考える・理解する勉強法」とでも言いましょうか。それは一体何なんだ、ということですね。 2.何故そんな勉強が必要なのか   これは簡単な話です。丸暗記が通用するのは、丸暗記したままの答えが要求されているからそれが一番効率が良いのです。「リンゴを英単語で書け」と言われているのに「apple」と覚える以上に効率的な勉強はありません。アルファベットの成り立ちなんか考えていてリンゴがappleだなどと辿り着ける日本人はまずいないと思います。だからこういう時は暗記で良いのです。   しかし、法律の事例問題の場合、同じ状況や事例は二度とないというのがポイントです。似た例っていうのは結構あるんですが、全く同じという例はそうそうありません。ということは、覚えていたものをそのまま答えても正解にならないということです。似ている事例というのは、同じ部分と違う部分がある訳ですが、違う部分が結論に影響を与えるのかどうか?ということを考えないといけません。与えるなら似ている事例でも答えは真逆になるし、与えないなら答えは同じままです。この時点で、ヤマ勘では当たる確率は2分の1です。正答率が7割近くいかないと合格出来ない行政書士試験で、2分の1の確率で勝ち続けるのはちょっと分が悪い。だからこそ、勘に頼らず自分の分析能力で判断出来るようにならなければならないのですね。 3.そうするとどんな練習をすると良いのか   武器(知識)自体は1つしかありません。しかしそれを使う状況が毎回変わる訳です。だから、「今度はこの知識はどう使うんだろう」「こうかな」「あ、そういう風にも使うんだ」と、知識の使い方を勉強するのが大事になります。具体的には、暗記したつもりになっている知識を問題集でひたすら解き進めます。同じ知識を問うてるのにこんなに違う文章になるのか?と驚くようなケースも沢山出てきます。「なんだよ、それが答えならもっと素直に聞いてこいよ」などと腹が立つような問われ方、波長の合わない問われ方も沢山出てきます。それらを全て跳ね除けられるようになるべく、沢山使い方を学ぶのですな。   いかがでしょうか。結局、「試験に向いた勉強をしろ」というのが大事なのであって、「丸暗記がダメだ」なんてことはないのだ、ということです。ダメなところも確かにありますが、極端に変更したって逆効果だぞ、というお話でした。 行政書士 Thu, 11 Jan 2018 23:13:03 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 行政書士試験と入試ミス~阪大でもミス?~ http://cyta.jp/gyousei/b/77600 <br>  先日、阪大で本来合格だったのに不合格になっていた人達に合格通知がされたんだそうですね。(以下のアドレスはニュース記事) https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180110-00000004-mai-soci   予備校講師に指摘されても聞く耳持たなかったということらしいので、プライド的な問題で間違いを認めるのが嫌で嫌で仕方無かったんでしょうね。こういう大人にはなりたくないなぁと思って生きてきたつもりですが、色々なものがかかるとそうなってしまうんですかねぇ…。   ちなみに、「不合格だったけど合格になった人」ばかり取り沙汰されて「今更言われても」とかの反応があるなんて記事が結構ありますけど、僕としてはそっちはそんなに気になっていないです。今まで不利益を受けていたのは間違いないですが、これから学校曰く誠心誠意の対応をするらしいので、何かしらの利益を受けることは出来ると思うんです。まぁ利益といっても、本来受けられるものが受けられていなかったんだから、受けて当然の利益なのでありがたがる必要もないと思いますが。   それよりも、これによって合格者の人数が増えてしまい、本来不合格だったのに合格になってしまっていた、今現在通っている学生の方々はどうなってしまうのか?というのが気になっています。確かに本来は不合格だったはずの学生さんですから、「やっぱ君不合格だから学校出てってくれる?」と言われても数字上は仕方無いのかも知れないですけど。   これ、絶対賛否両論になると思うんですよ。もしこのまま合格扱いのままにした場合「本来不合格だったのに俺はそのまま不合格でこいつらだけ贔屓されてせこい」って場合と、不合格扱いに変更されて学校を追い出されても「今まで合格者のように扱ってきた癖に自分達の不手際のせいで彼らが不利益を受けるのはおかしい」って場合が出ると思います。   まぁ一番悪いのは自分達の不手際のせいでこれだけの人間を巻き込んでモヤモヤした雰囲気にさせた学校なんですけどね、これは揺るぎありません。ちなみに他の記事では、不合格に変更することはしない方針だとかっていうのがあった気がしますね。   長年かけて生きてきた人間が得たものが「人に叩かれたくないし間違いを認めたくないから若い奴らが我々の代わりに不幸になれっていうプライド」ってことですからね。こういう例を見て自分にそういうことはないか、と学んでいかないといけませんね。何でもすぐ低姿勢で謝れば良いという訳ではないですが、意地の張りどころを間違ってはいけませんね。   という訳で、「意地でも1人で勉強する」とか思わずに、「人に聞いてでも絶対に合格する」というところに意地を張って頂いて、是非僕の講座へおいで頂ければと思います。うーんちょっと強引だったかな。 行政書士 Wed, 10 Jan 2018 20:02:43 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成 勉強場所について http://cyta.jp/gyousei/b/77587 <br>今晩は。後藤です。  今回は、「勉強場所」について、自分の経験から思うことを書いていきたいと思います。  私が経験のある「勉強場所」は、「家」、「図書館」、「安いカフェ」ですので、それらの場所について書いていきます。  まず、「家」で勉強するという場合。  一番身近な「勉強場所」であり、多くの人が経験のある場所だと思います。  ただ、「どういう家」に住んでいるか、「住んでいる人数」、「周りの状況」など多種多様な条件によって、勉強するのに最適な場所にも最悪な場所にもなるので、大体の人に共通する特徴や長短が示しづらい場所です。  【問題なく勉強ができる】という前提のもと、「家」で勉強するのはどうなのかを書いていきます。  いつでも、好きなだけ、好きなように勉強ができるので、私は最高の「勉強場所」だと思います。  ただし、それは「自分をうまく管理できる人」であることが必須の条件となっています。  好きなだけ、好きなように勉強できるということは、逆をいえば、全く何も勉強しないこともできるということです。  「いつでもできるから」ということが大きな気のゆるみとなって、勉強する気を削っていきます。  私もこの気のゆるみにさらされて、このままではいかんと外に出かけて勉強していた時期があります。  また、「普段生活しているとき」と「勉強するとき」では、机の上の状況も違ってくると思いますので、その切り替えも面倒くさいということもあると思います。  一日の生活サイクルの中に「勉強」をきちんと織り交ぜることができて、他の事とぶつかり合わないように管理して、勉強とそれ以外の事とをきちんと切り替えられるくらいの状態でないと、「家」での勉強はうまくいかないと思います。  ただ、それらをクリアすれば、これ以上ない「勉強場所」だと思いますので一番のオススメです。  次に、「図書館」で勉強するという場合。  静かな環境で、周りの人も勉強している人ばかりなので良いイメージを持っている方も多いと思います。  「区立図書館」であれば、大体の場所が無料で利用できますし、分からないことをその場で調べることもできます。「大学図書館」なら、卒業生であるなどの関係がないと簡単には利用できませんが、「区立図書館」とは比較にならないほど資料の数が多いです。  ただ、定期的に「図書館」で勉強した経験のある人なら分かると思いますが、「静かな空間」であるがゆえに、わずかな音でも気になる場合があります。  勉強するスペースで新聞を読みだす人、ペンで遊びだして落としまくる人、携帯音楽プレーヤーで音漏れする音量で聴いている人、筆圧が異常に大きくてカタカタ音をたてる人(良識ある人は何かを下に引いて音がたたないようにします)など色々な人が利用するため、常に利用者全員が何の音もたてずに、安定して静かに勉強できるわけではありません。  また、「区立図書館」の場合、夏休みや冬休み期間になると、赤ちゃん連れの方や小学生などがよく利用するようになるため、言い方は良くないですけど、予期せぬ騒音に悩まされることにもなります。  私が「図書館」で経験したひどい状況としては、ホームレスの人がいて臭いがひどいという状況、通常の会話と変わらない音量で会話している人がいてうるさいという状況、ひたすら貧乏ゆすりをしている人がいて机が揺れるという状況などがありました。  当然、職員の方に言ったり、直接注意することで改善することもあるのですが、面倒くさいですし、実際に注意してみると分かるのですが、「何で当たり前のこともできないんだろう」とか、「何で自分が注意しなければいけないんだろう」とか、色々なことを考えてしまい、集中しにくい状態になります。    実は「大学図書館」でも、赤ちゃん連れと小学生とホームレスを除いて、先ほど挙げたような人たちが少なからず利用します。  正直、かなり残念ですが、どこにでもこういう人たちは存在するんです。  もちろん、静かに勉強できるときもありますが、【集中できるかどうかが不安定】であることは、長期間勉強する場所としてはあまり適していないと思います(人によっては「図書館」が良いという人もいるとは思います)。    さらに、当然ですが、開館時間・閉館時間(日曜や祝日はかなり早く閉まります)があるためそれに合わせなければならず、休館日や休館期間があるので、勉強したくてもできないという日がでてきます。  結論としては、「図書館」での勉強は、「そこしかない」という状況であれば仕方がないですが、あまりオススメはできない「勉強場所」です。  そして、「安いカフェ」で勉強するという場合。  200円ほどで飲み物(大体、一番安いコーヒー)を頼み、隅っこの1人用か2人用の席で黙々と勉強するというのが、私の利用方法でした。  「安いカフェ」では、常に音楽が流れており、何となく他のお客さんの会話が聞こえるという状態が安定して続く場所で、慣れてしまえば集中して勉強できる場所だと思います(慣れるまでは周りに漏れない程度で音楽を聴いたり、耳栓をすれば大丈夫です)。  ただ、毎回、飲み物代という利用料を払うことと、お店のことを考えて、勉強時間は3時間くらいにしておく必要があるということが少しネックになります。  特に3時間という決まりはありませんが、お店によっては、あまりに長く居座ると注意される(満席の場合は特に)こともあり、そうなると後日に入りづらくなると思いますので、気を付けた方がいいです(私は、1回だけ、相席でいいですかと言われたことがあるくらいです)。    あとは、元々勉強するための場所ではないので、机があまり大きくないところも少し難点かもしれません。  結論としては、短時間で集中して勉強するタイプの人にとってはかなり良い「勉強場所」だと思います。  ここまで、私が経験のある「勉強場所」について書いてきましたが、これから何かしらの勉強を始めるという方は、まずはどこか外(上記の例だと「図書館」とか「安いカフェ」)に出かけていって、【勉強せざるを得ない状況】を作る必要があると思います。  そこから先は、その人次第ですので、自分を甘やかしちゃう人であればそのまま外で勉強し続ければいいと思います(自分でどこか他の施設を探し出すのもいいと思います)し、外の施設ではしっくりこないという人で、きちんと自分を管理できる人は「家」での勉強に切り替えてもいいと思います。  以上、私の経験のみを書いたので、少し情報が狭くなってしまった感じもしますが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 後藤 悠 行政書士 Tue, 09 Jan 2018 21:32:21 +0900 行政書士講座::納得いくまで行政書士講座 後藤 悠 行政書士試験と理解力判定法~どうなったら理解出来ているのか?~ http://cyta.jp/gyousei/b/77577 <br>  どれだけ講師の方がついて勉強するといっても、年中べったり一緒に過ごしている訳ではありません。結局、自分で勉強する時間が一番多くなるくらいには1人で勉強しなければなりません。でも、普通は1人で勉強することに限界を感じる(=1人では分からないことがある)からここへいらっしゃるんですよね。そんな状態なのに1人で勉強する方法なんてあるのか?というお話です。 ◆行政書士試験と理解力判定法~どうなったら理解出来ているのか?~ 1.丸暗記では限界がある   そもそも、丸暗記で解けるのは覚えた通りのことが出るときだけです。「債権の消滅時効は?」と聞かれればそりゃ「10年」以外は答えとしてあり得ないんですから(短期時効は除く。そろそろ改正で無くなりますしね)、丸暗記で解けるでしょう。でもそれは「解いた」のではなく「吐き出した」だけです。吐き出す勉強しかしていない人には、解く問題は解けません。   ただ、誤解しないで頂きたいのは「だから全部考えて解け」という訳ではないということ。何をどう考えたところで、消滅時効は10年という数字は出てきません。覚えれば良い問題を覚えるだけで解いて悪いことなどありません。 2.問題は「解く問題」   要は、記述式なんかでオリジナルの事例が出た場合の対策ですね。出たことのない問題を答える時には、覚えていたものを吐き出したところで絶対正解出来ません。覚えているものの中に答えがありませんからね。ですから、ちゃんと考える力が必要になるのです。   この「考える力」の養成がなかなか一筋縄ではいきません。そもそも、講師の力が最も必要とされているのはこの分野についてだと思います。覚えれば良いだけのものは極力自分1人でやっちゃえば良いんじゃないでしょうか。目の前に講師がいないと覚えられない、という訳ではないと思いますし。まぁ、強いて言えば効率の良い覚え方なんかを教わるというのはあるかも知れませんが。 3.理解力判定法   では、その考える力、すなわち「記憶力」ではなく「理解力」がついたかどうかはどうすれば分かるか。答える時に「一緒にその答えを選んだ理由が言えるか」で判断すると良いです。基本的に択一式試験はどの選択肢についても○か×しかありません。どれだけ無知な人でも50%の確率で正解出来るようになっています。カンで正解したとしてもそれは運が強いだけであって理解力がある訳ではありません。「その選択肢を○or×にした理由をしっかり説明できるか?」を自分でチェックしてみて下さい。それが説明できるなら、次に似たような微妙に細部の違う問題が出ても正解出来ると思います。   そして、やり始めて自分にびっくりする方がいらっしゃるかも知れません。驚く程自分が理由を説明出来ないという事実に。ちなみに僕は驚愕し、自分にがっかりしました。   いかがでしょうか。「ふーんそうなんだ」と感じた方は是非やってみて下さい。「○○だから答えは×。」とちゃんと言えるかどうか?そして、勉強が進んでいる方はそこの部分をしっかり答えられる方が殆どです。騙されたと思って、周りの方のことも観察してみて下さい。 行政書士 Mon, 08 Jan 2018 23:12:13 +0900 行政書士講座::一緒に考える行政書士講座 寺咲 勝成